鈴付きの死神
aninoi
死神には鈴がついている。
ちりん、と、涼やかな音が鳴る。
「ねぇ、知ってる? 死神には鈴がついてるんだ。来たのが分かりやすいように、ね」
「……じゃあ、君はオレの死神なのな」
「あはは、まぁ、うーん……、さぁ、どうだろうね?」
彼は楽しそうに笑う。
屋上の強い風に吹かれながら、オレと彼は見つめあった。
初めて会う、名も知らぬ人物──いや、一方的に、一度だけ見たことがあるか。
丁度昨日、彼はこの屋上で、柵の向こう側からこちらの地面を羨ましそうに、恨めしそうに、悲しそうに見ていた。……そんな様子だった。
オレはそれを下から目撃した。この建物のすぐ下から、目に入ったのだ。
寂しそうな人だな、と思ったのが忘れられない。
「俺が死神かどうかなんて、どうでもいいじゃない。問題は、死の足音が聞こえるってことだよ」
「まぁ、そうか」
頷きながら、理解はできていない。
死は突然やってくるものだ。人は車に轢かれ、鉄骨に押しつぶされ、工作機械に巻き込まれて死ぬ。そういうものだろうに。
「いやいや、何言ってんのさ。いつだってそんな事、誰にだって起こり得るだろう? 来るって分かってんのに、それが突然なもんか」
随分と暴論を言うものだ。
だがしかし、それもその通りだ。誰もがそれを理解している。大半の人が鈴の音を聞こうとしていないだけなのかもしれない。
それでもオレはそんなことを正しいと思いたくない。いつだって死ぬことはあり得るけれど、いつだって死ぬことを思って生きるだなんて、そんな生き方はあまりにも気力を消耗するだろうに。
「そうかな? 案外、割り切って生きてるほうがいろいろ楽なこともない?」
平行線だな。
「そっか。俺らは分かり合えないか」
他人なんて元からそんなもんだ。そもそも、オレと君が話すのはこれが初めてだろうに。
まぁ、しかし、それも悪くはない。
初対面で敬語なしに生死観を語らうなんて経験、初めてだしな。
ある意味、貴重な体験といえるかもな。
悪くない。
ああ、悪くないな。
「で、君はそんなことを話しに?」
まさか、そんなことはないだろう?
「あ、うん、まぁね。でも、ちょっとした雑談くらいなら許されるだろう? なんてったって、もう一日の猶予を出しちゃってるんだ」
そうか。確かに、それなら多少の雑談くらいはいいか。
「そうそう。ね、俺はせっかくだから、アンタと仲良くなってから別れたいのよね」
「……明らかに意味なんてないのに?」
「意味があるかないか、なんて、そんなの関係ないさ。ここに俺とアンタの関係があるだけだ」
意味わかんねぇよ。
「意味なんて、いらないってこと。何かに意味があるのか、ないのか、そんなのは後付けの個人的判断でいくらでも変えれるんだからね」
「ふーん、そう」
それなら、オレが今こうしているのはどうなのだろうか。
自分の意識すら後に何の残らない行動があるとしたら、それだけは間違いなく意味がない行動といえると思う。なぜなら、その意味をとらえる自意識が消えるわけなのだから。
昨日からオレは、存在する意味どころか、存在した意味すら放棄したわけか。
「それは、……オレは、悲しいことをしたんだな」
「ああ、まぁ……、そうだね。まったくだ」
彼は顔を伏せ、少し細い声で言った。
どうして彼がそんな顔をするのか、オレにはわからない。ただ、そう、昨日と同じ表情だな、と、思った。
「でも、アンタが、自分がしたことがちょっと悲しいことだって理解してもらえてよかったよ」
そうかい。
「ま、アンタがそうするのは自由だ。誰にも止められやしないし、アンタはそうするのが一番良いと思ったんだろ」
そりゃ、ね。
「じゃあ、仕方ないことなんだ。なるべくして……、と、言うと、良くないか。とにかく、仕方ないことだった。誰にも……、アンタを救えなかった……」
そうだな。仕方ない。
「ごめんね。俺は本来、"お迎え"じゃなくて"お守り"なんだ。でも、アンタを助けられなかった。それは俺の責任だ」
……。
「安心してよ、って言うのは、違うかな……。でもまぁ、うん。大丈夫だ。消えるのは俺も一緒さ。それが責任ってもんだからね」
おい、待て。なんでそうなる。責任って何のことだ。
「さて、そろそろ行こう、リン君。本当に、君を守れなかったことは後悔しているよ。でももう終わってしまったことだ。頼むよ、アンタは俺を恨んでくれ」
ああ、くそったれ。ずっと見ててくれてたのか。
一生恨んでやるぜ馬鹿野郎。
「やめろよ。くそ、行きたくねぇなぁ」
うるせぇ。もういいさ。いいからさっさと行こう。
「そうだね。行かなきゃいけない……」
ああ。じゃあ。
「うん。じゃあ」
鈴付きの死神 aninoi @akimasa894
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