第52話 東京 六義園の枝垂れ桜

 52 東京 駒込六義園の桜 


平成十三年四月八日


 石戸の蒲桜を訪ねてみようと予定していたのだがちょっとした用事が出来て


都内に出かけなくてはならなくなった。


慌てて都内のしだれ桜の名所を調べると駒込の六義園にあるらしいということが


わかったので待ち合わせを六義園にすることにした。


小さなスケッチブックをバックに入れて意気揚々と出かけてみたが

しだれ桜は終わりだった。


ある程度予想はしていたので特別がっかりはしなかった。


春の大事な一週間に一度しかない休日を費やしても良い程の


枝垂桜かどうかこの目で確認出来たのである。


人に寄っては雑誌とかパソコンで調べれば時間をロスすることは


ないというかもしれないがそれだけでは分からないものがある。


実際に自分の足を運び、自分の目でその周りの空気を感じて見なくては分からない。


これは断言出来る。


どんなに立派なしだれ桜でも何百年経っていても花の付きが良くても、


良い景色の中に立っていても


その樹と対峙してみなくては描いてみたいか分からないのである。


好きなタイプの枝垂桜かどうか、百聞は一見にしかず・・というところか。


とりあえずスケッチブックに書き留めておこうかという程度で描いたのと


描きたい、描きたいと焦って鉛筆を持つのももどかしく描いたのとでは


雲泥の差がある。


そういう意味で一目ぼれ出来るしだれ桜を探している。


何時間眺めていても飽きないほどの感動をもらえる枝垂桜を・・・


その場から立ち去りがたい程にほれ込める桜を・・・


そういう意味ではこのしだれ桜は優等生の桜である。


樹の形も色も、多分花の咲き具合も申し分ないだろう。


スケッチブックにもすっぽりと収まりそうである。


形の良い器のようだ。


でも、感動を与えてくれない。


私の心をワクワクさせてくれない。


とりあえず、今度チャンスが在ったら寄ってみよう。


満開の時に・・・


その時は印象が変わっているかも知れない。


 チャンスは次の年にやってきた。


平成十四年三月二十一日に半日の休みが取れたので六義園の桜を


見に行くことにした。


去年から比べれば二週間も早くにやってきたので満開の桜に出会える筈だと


思っていたのにいくらか終わり気味である。


しかも春の嵐か風が強くなってきた。


時折吹き付ける風が砂埃を巻き上げてまつ毛の短い私の目を襲って来る。


当たり前だがスケッチブックを広げられない。


側の茶屋のテーブルを借りてめくれるスケッチブックの紙を押さえながら片手で描く。


茶店のテーブルから描いたので枝垂れる枝の内側から描く構図となった。


しかも全部の枝が入り切れないがこの風では仕方ない。


そして時間の許す限り何度も枝の下を歩いてみる。


香りがするわけではないが雪のように散る花びらの中を歩くという行為に

酔っていた。


感動する心を落ち着かせる為に庭の周りを歩く事にした。


コブシの樹だろうか、大きな白い花を咲かせている背の高い巨樹を見つけた。


満開である。


圧倒される大きさに、またまた惚れてしまいそう。


今度はこの樹をスケッチしに来ようかな。


どこかへ出かけて次の楽しみが出来るのは楽しいものである。






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