第3話 メンバーがいません。

 ふと、思い出したかのように「LINE」の友だちの一覧をスクロールする。大学に入り、登録してある人数もかなり増えた。百人ほどを画面の上に押しやって、指を止める。

 ”メンバーがいません”

 無機質な灰色の背景に、これまた灰色の人影。いかにもdata lost、という言葉が似合う。

 私は何をするでもなく、その画面を眺めている。


 私には、特段仲のいい友達がいた。仲がいい、というのも少し違うのかもしれない。幼馴染、と説明するのが一番しっくりくるだろうか。幼稚園から高校まで同じで、小さい頃はよく遊んだし、高校に入ってからは電車通学になり、毎日一緒に登校していた。

 どうでもいいことをよく話した。無言の時間も多かった。その無言も苦痛ではなくむしろ居心地のいいものだった。今日も星がきれい、なんて言いながら駅から歩いた。


 ”メンバーがいません”

 そのアイコンをタップする。トーク画面へ飛ぶ。

 夏にスマートフォンが壊れ、買い替えた際、iCloudの容量の関係で2018年までのデータしか復旧できなかった。彼との会話は2018年のまま止まっている。むしろ疎遠になった過程を見られたほうが、などと考える。


 去年。私は受験に失敗し、浪人することとなった。そしてそれは彼も同じだった。幼稚園から駿台まで一緒だ、なんて笑いあった。

 ただ、そううまくはいかなかった。私たちの住んでいた地域はドのつく田舎であり、最寄りの予備校であってもかなりの移動時間を要した。私はたまたま、父の単身赴任先の近くに予備校があり、さらには父と同居していた兄は大学を卒業し地元に帰ってくるため二人暮らし用のマンションの一室が空くという状況だったため、そちらへ行くことにした。当然彼とは別の校舎に通うこととなった。


 会うことはなくなったが、そうはいっても幼馴染。後者は別でも同じ予備校に通っていることもあって、浪人生活が始まってしばらくの間は模試の前などに連絡を取り合った。


 しばらくして、そんなやり取りをすることもなくなった。特にきっかけがあったわけではない。彼はあまり自分からこまめに連絡を取り合うタイプではなかったから、単に私から話しかける機会が減ったのだろう。そして共通テストを控えた一月、私は中学、高校時代の浪人仲間の友達らに共通テスト頑張ろう、といった趣旨のメッセージを送っていた。

 その時だった。その文字列を見た。


 ”メンバーがいません”


 スマートフォンを変えた際、アカウントの引継ぎに失敗するとそうなるらしい。それか、アカウント自体が意図的に消されるか。

 実際のところどうだったかはわからないが、高校在学中に彼はスマートフォンを買い替えていた。落としたりして壊れたのでなければ、買い替える必要はなかっただろう。あるいは新作が出た際に買い替えたか。確かにその時期にはもう連絡を取っていなかったし、高校の時も壊れただとか、バッテリーが持たなくなったとかではなく、欲しかったから、と新作に機種変更していた。

 あるいは何かしらの理由でアカウント自体を削除したか。浪人生の受験前なんて、そのきっかけには困らないだろう。


 結局、その理由はわからない。ほかの共通の友達に聞いても連絡先はなくなっていてわからないとのことだった。


 ふと、思い出したかのように、そのアカウントを探す。

 何かが変わるわけでもなく。

 連絡を取る必要があるわけでもなく。

 ただ、何かが失われたような気がして。

 事故現場に花を手向けるように。

 ただその画面を見つめる。



 年を取るごとに居場所というものはなくなっていく。


 そんな言葉がメモに残されている。小説のアイデアをまとめたメモ帳だ。私の汚い字で走り書きされている。

「年を取るごとに居場所というものはなくなっていく。小学生の時、居場所とは家であり、教室であり、グラウンドであり、図書室であり、図書館であり、公民館裏のサッカー場であり、遊び場となっていた山であり、通っていた柔道場であり、水泳教室であり、毎年幾ペンションであり、友人ISの家であり、友人NKの家であり、友人KKの家であり、友人MKの家であった。中学に入り、居場所とは家と教室と部室と図書室と柔道場とペンションなった。高校に入り、居場所とは家と教室と柔道場とペンションだけとなった」


 その下にボールペンで雑に追記されている。

「浪人生活が始まると、住んでいる家だけとなった」


 居場所とは、心安らぐ場所だ。なんの警戒もなく、緊張もなく、不安もなく過ごせる場所。


 小さなころ、一人で何かすることが不安で、兄や友達に一緒にやってくれるよう誘ったり頼んだりしていたことを思い出した。誰かと一緒というのは、この上なく心強く、特に兄や友人MK、そして彼と一緒だと、何があっても大丈夫なように感じていた。



 2018年の世界で、私は彼に尋ねている。翌日の学校行事の話だ。あまりにも馬鹿らしく、ほほえましい会話の応酬。そして結局よくわからないから二人でそろえていこう、と結論付けている。



 一人暮らしにももうずいぶんとなれた。見知らぬ地だったが友達も増え、ありがたいことに授業でも昼食でも独りぼっちは経験していない。部活の先輩たちもいい人そうだ。きっとこの町は私の居場所になるだろう。たとえそれが一時的なものであっても。



 でもそれは代わりになれるわけではないのだ。



 ”メンバーがいません”


 スマートフォンの画面は無機質に同じ表示を続けていた。

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