猫とお婆さん

ポンポン帝国

猫とお婆さん

 小学三年生のとある休日の午前十時くらいのこと。


 家の掃除を手伝うのが嫌で、家の目の前の公園に遊びに行こうとした。すると、お母さんに弟の面倒を見る様に言われたので、それならいいか、と仕方なく一緒に行くことにした。


 私が住んでいる街は、周りに住んでいる子供が少なく、それでいてこれでもかというくらい、複数の公園がある。だから日によっては貸切状態になる事が度々あり、そしてその日も案の定、貸切状態だった。


 家の前の公園には遊具が五つあるので、たとえ、姉弟で一緒に行ったしても、着いてしまえば別々に遊び始めるのがいつもの事だった。その日も公園に入ってからは別々に遊び始め、私もブランコで一人、遊び始める。


 暫く遊んでいると、何気なく見たブランコの横に置いてあるベンチに目が行く。


 あ、お婆さんが座ってる、今日は暖かいから日向ぼっこでもしてるのかな?


 猫さん達もいるし、ご飯あげてるのかな?


 白髪が混ざりで腰の曲がった優しそうなお婆さんが座っていたので、遊ぶのを止めて、声をかけてみることにした。


「こんにちはお婆さん。猫さんいっぱいいるね? この猫さん達お婆さんが飼っているの?」


 すると、ゆっくり体をこちらに向けて、お婆さんは答えた。


「はい、こんにちは。そうだよ、いつも私がご飯をあげていたんだけれど、もう遠くに行っちゃうからあげられなくてね。お別れをしに来たんだよ。お嬢ちゃんは一人かい?」


「一緒には来てるんだけど、別々で遊んでるんだ! 遠くに行っちゃうなんて、猫さん達さみしくなるね?」


 お婆さんは俯いていて顔がよく見えないけれど、悲しそうに話を始めてくれた。気が付けば長話をなってしまい、近くにしゃがみ込んでお婆さんと話しをしていた。


 お昼の十二時のチャイムと共に、家から出て来たお母さんが


「お昼ご飯できたよ」


 と呼ぶので、お婆さんに


「また後でね」


 と言って立ち上がった。辺りを見ると、弟はお母さんの声に気が付いていないのか、まだ遊んでいた。


 ちょうどお婆さんと話をしていたベンチは家側の公園入口付近だし、弟は遠くだから聴こえてないのかな?


「ご飯だってー」


 弟が反応するのを見てから家に戻ろうとした途中でお母さんに聞かれた。


「あなた、木の後ろから出てきたけど、何してたの?」


「ん? あぁ、あそこの木の後ろに長いベンチがあって、そこに猫とお婆さんが座っていたからお話してたんだ。あそこのベンチって、まだ置かれたばかりだったから、お母さん気が付かなかった?」


「うん、気が付かなかったよ」


「え?なんのはなし?」


 弟が戻って来た。


「何でもないよ」


 そう言いながら家に一旦帰った。









 お昼ご飯を食べ、歯磨きをし、素早く宿題を済ませた。早く公園に行きたかったから、三時のおやつも少し早めに食べ終えた。


 そして、午後二時半くらい。


「公園に行ってきまーす」


「あ、ぼくもー」


 私達は、再び公園に向かう。


 あ、まだお婆さん居た、お昼ご飯食べたのかな?


 そんなことを考えながら、またお婆さんに声をかける。


「お婆さんご飯食べた? おうちに帰らなくて大丈夫?」


「大丈夫だよ、ありがとう」


 それからは、ずっとお婆さんと話続けた。


 門限の五時のチャイムが鳴り終わるまでだったので、チャイムが鳴り始めるまで。


 ずっと……。


 チャイムが鳴りだしたので、お婆さんに向かって


「じゃあ帰るね」


 と言ったら


「気を付けてね」


 と言われたので


「お婆さんもね」


 と返して、走って帰った。


 やっぱり元気なさそうだったな。結局、一度も顔を上げてくれなかったし、少しでも元気になればと思ったんだけど……。


 それから帰宅すると、夕飯の手伝いをしてからお風呂に入り、夕ご飯を食べた後しばらくして


「珈琲飲みたくなったから目の前の自販機で買ってきて」


 とお母さんに言われたので、お金を預かり


「いってきまーす」


 もう外はすっかり暗くなっていた。


「珈琲だっけ」


 と独り言を呟きながら、ふと気になった。



 昼間のお婆さん。



 そういえば、お昼もずっと居たけどまだ居るのかな? もう流石にご飯食べに帰ったかな?


 と思い、木の横を覗き込んでみた。


 あれ、まだいる。


 珈琲を頼まれてるから早く帰らなきゃと、お婆さんに声をかけないで帰り、


 お母さんに


「昼間のお婆さんまだ帰ってないみたい、寒くないのかな?」


 少しお母さんは変な顔をして考えたあと


「そのお婆さんと昼間何話してたの?」


「遠くに行っちゃうから、猫さんにご飯あげられなくなっちゃうんだって! だから、最後に会いに来たって」


 と言うと、お母さんは真っ青な顔して


「お婆さんまだ居たんでしょ? お父さん、一緒に行って見てきて!!」


 と大声をあげた。


 お父さんは、何故俺が見に行かなきゃいけないんだ、と言う様な顔をした。


 渋々、公園の近くまで一緒に行くと、何処にお婆さんが居たかを答えると、そこで待っている様に言われ、一人で見に行ってしまった。


 数分もしない内に、お父さんが慌てた様子戻ってきて、


「一旦家に戻るぞ」


 と一言だけ言われ、ついて行くと


「お母さん、警察に電話して」


 お母さんはやっぱりと言わんばかりな顔をしながら、慌てて電話をする。


 さっきまでお話ししてたはずなのに、何があったんだろう?


 なぜお父さんがお婆さんを見た後に『警察に電話して』と言ったのか……。


 しばらくして、おまわりさんが来て聞いてきた。


「あのお婆さんいつから居ました?」


 お母さんは知らないという顔をしながら、こちらを向いて聞いてきた


「いつから居たの?」


「うーんと、朝に遊びに出た時には、もう居たから十時くらいには居たと思うよ?」


おまわりさんは不思議そうに聞いた。


「お嬢ちゃんが最初にあったのかい?」


「うん、そうだよ! ずーっとお話してたんだ! 遠くに行っちゃうんだって!」


 そう聞いたおまわりさんは、何故か驚いた顔をする。


「そ、そうなんだ。すみませんが、お母さん、娘さんを向こうに」


 と促されたのでお母さんに背を向けさせられた。


 何でだろう? と思いながらも聞き耳を立てて、おまわりさんとの会話を聞いた。


「申し上げにくいのですが、お婆さんが亡くなっていた時間が、ですね……。



 大体朝の五時くらいなんですよ」



 ちらっと、お母さんの顔を見ると、また、やっぱりと言う顔をしていた。


 お母さんの表情の意味も、おまわりさんとの話している事も、よく分からなかった。


 亡くなってって事は『死んでた』ってこと? さっきまで話してたはずなのに?


 考えていても分からなかったから、弟に聞く。


「ねぇ、私がお婆さんとお話してたの見たよね?」


 すると弟は


「え、おねえちゃんが、おはなししているのは見たけど、おばあさんがは、わからなかったよ? あ、けど、ねこちゃんたちは、まわりにくっついてたけどね!」


 え? じゃあ、私が話していた相手って……?

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