第14話 裏話 公爵家次男クラウス

 自分が愚かな行いをしたせいで家から放逐されたのだが、家から放逐された瞬間、正気に戻った気がする。自分は一体何をしていたのだろう。

 人を物の様に扱う父や兄が苦手だった。だから多少なりとも家族から離れられる婿入りを希望した。その筈だったのに、自分は一体何をした?


 今さら正気に戻っても実家に戻れる訳も無く、戻りたくも無いので放逐された時に渡されたお金で王都へ行き、お金があるうちに何とか仕事を見つける事が出来た。

 領地経営に役立てたらと思って真面目に勉強していたお陰で、商会で事務仕事に就く事が出来た。あの時、私と同じ様にモモーナに夢中になっていた面々はどうなったのだろう。


 商会に流れてくる噂で、全員が放逐されたと聞いた。モモーナだけは学校を卒業したとか。

 商会の人たちや近所の人たちに助けられながら今の生活にも慣れ、余裕が出て来た。そうなるとよくあの時の事を思い出す様になった。


 思えば、ライハルト殿下の側近に選ばれた頃からの記憶が酷く曖昧だ。父の意向には逆らえないので頃合いを見て断ると、私はフィリアナ嬢に言っていたし、自分もそうするつもりだった。けれど、辞退を申し出た記憶もない。


 その後は、何故かひたすらモモーナ嬢に夢中になっていた。このまま婚約者のフィリアナ嬢と結婚し、伯爵家に婿入り。愛人としてモモーナを迎え入れ、いずれは…と本気で考えていた。

 何てあり得ない事を考えていたのか。だけど、当時はそれが許されると本気で思っていたし、フィリアナ嬢と婚約破棄になった後も、私が優秀だから父から伯爵位を貰えると信じていた。そんな訳ないのに。


 ある日、何気なく入ったパン屋でモモーナと再会した。モモーナはとても驚いていたが、私もとても驚いた。


「…クラウス様は、正常に戻りました、か…?」

 恐る恐る問いかけて来たモモーナの言葉に、私は更に驚いた。店主らしき人が気を遣ってくれて、モモーナと話をする事が出来た。


「私、学校へ行った途端、頭がおかしくなっていたんです。今までの自分からは考えられない、別人の様な考えの元に行動していました。それが、ライハルト殿下の婚約を聞いた途端、正気に戻ったと言うか、何と言うか…」


「…私は、ライハルト殿下の側近に選ばれた頃から記憶があやふやになって、学校に入学してしばらくすると、モモーナ嬢の事しか考えられなくなっていた。けれど、私は家から放逐された瞬間、今まで何をしていたのだろうと思ったんだ」


 私たちはモモーナの休憩時間ギリギリまで話をした。モモーナは実家を嫌っていて、卒業後にそのまま平民としてこのパン屋に就職したそうだ。

 お金をほとんど持っていなかった為、私が以前贈った物を売って生活費に充ててしまったと謝られた。いつかお金を貯めて返すと言われたが、平民が生活しながら返せるような額ではないし、不要だと思ったので断った。


 他の人たちも同じだったのだろうかと考えてしまう。他の人が今何処にいるかは分からないが、商会を通じて手紙を送れる相手が一人だけいる。

 ロンドは学校を退学直前、モモーナに酷く執着していたらしく、モモーナが怖がっていたのでモモーナの事は伏せて私が手紙を送る事にした。


 ロンドも私たちと同じ様に学校入学と同時におかしくなっていたようだ。そして、この国から出た途端、正気に戻ったそうだ。

 今は隣国の商会で真面目に働き、充実した毎日を送っていると返事が来た。そうなると、後の二人も正気に戻ったと考えられる。


 その後もモモーナと何度か会っているが、二人で幾ら考えても分からなかった。何かの呪いの様なものだったのか。

 だとしたら、誰が何の目的で私たちを呪っていたのか見当もつかない。私たちがおかしくなることで、利益が出た人がいるとも思えなかった。


 モモーナの捏造された記憶から考えると、ライハルト殿下やカリーナ嬢も正気ではなかった可能性があるという話になった。

 貴族を相手にしている営業担当に確認したら、二人ともが恋愛結婚だと言われた。

 幸せならそれでいい。モモーナとはその結論で落ち着いたが、何となくその後もモモーナと会う約束を取り付けては会っていた。


「私は、今のモモーナをとても好ましく思っている。実家からは放逐されているし、給料もけして高くはない。それでもいいと思ってくれるなら、結婚を前提に付き合って貰えないかな…?」

 本来の私は臆病な小心者なので、それなりの勝算を感じてから勝負に出た。


「あの…、私…。学生時代からは想像できないかも知れませんが、父や弟を間近に見て育ったせいか、男性不信なんです…」

 それにはとっくに気が付いていた。本当に学生時代とは別人。けれどそれは私も同じで…。別人だからこそ惹かれたのだと思っている。


「ゆっくりでいいよ」

 私はせっかちでは無いし、待つのは得意だ。モモーナの頬がうっすらと染まっていくのを見ながら、私は私の勝利を確信した。

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