第13話 裏話 男爵令嬢モモーナ
私には前世の記憶があった。私は前世でやり込んでいた乙女ゲームの舞台に転生した。
学校に入り、早速ライハルトとのイベントを起こそうとしたけれど、ライハルトは既に入学式の会場に入った後だった。
情報を集めると、悪役令嬢カリーナは病気療養で婚約者を辞退し、入学もしていなかった。
シナリオが大幅に狂っている。カリーナも私と同じ転生者の可能性が高いと思った。
それでも、フリーであれば更に簡単にライハルトを落とせると思った。近寄る為に側近とのイベントを起こしたが、ライハルトには近付けない。
芋づる式で商会の息子ともイベントが起きた。それなのに、ライハルトとは遠いまま。
悪役がいない影響なのか、注意はされても嫌がらせイベントも起きなかった。
気の弱そうな子を捕まえて話を聞くと、彼らは側近ではなく側近候補。側近はたまに見かけるケビン様だと知った。
ゲームには出て来ない人だった。雲行きが怪しいと思っていたら、側近候補たちは皆婚約を破棄されて退学してしまった。
まずい。確実にバッドエンドに向かっていると思った。城に呼び出されて事情聴取を受けたが、それは上手に切り抜けられたと思う。
私が好きなのは、理想の王子様が詰め込まれているライハルトだった。商会の息子には正直興味が無い。甘えん坊の年下キャラとか面倒。
貢いではくれるが、頼んでもいないのに勝手にどんどん持ってくるし、受け取るだけで好感度が勝手に上がっていく。
自己満チュートリアルキャラと言われていた。好感度を下げる方法は、贈り物を断ることと、頃合いを見て彼の両親に連絡を入れること。
何度か断って、それなりに好感度が下がってから彼の両親に手紙を送った。
貧しい男爵令嬢に同情して、沢山贈り物をしてくれて助かっていたが、最近あまりにも高価な物を用意してくれるようになり、私の身分にも不相応だし申し訳ない。
何度断っても高価な物を持ってきてくれるので、正直どうしていいか分かりません。
相談するような文面にするのがコツだった。手紙が届いたであろう時から、彼は学校に来なくなった。代わりに、彼の両親から手紙が届いた。
彼は商会の倉庫からこっそり商品を持ち出していて、教えた事に感謝しつつも、返却して貰えないかと書かれていた。
ゲーム通り。ここでは返却に応じるのが正解。そうすると、彼は隣国に修行に出される。
届けられないので、取りに来て欲しいとお願いする。高価な宝石などは返却したが、オーダーメイドのドレスや、使用した消耗品、安価なアクセサリーは迷惑料としてくれるという。
けれど、消耗品以外も引き取って貰って、売って補填に使って下さいと言うのが正解。
これで、彼が両親の監視下から逃げ出して、私を襲うバッドエンド回避だ。彼らは私に感謝して帰って行った。
数日間は警戒していたが、私に対して酷く執着しているようなので、隣国へ修行に行かせたと手紙が届いた。これでもう安全。
彼の好感度が上がり過ぎると、ライハルトとの仲を邪魔してくるので何度もやった手だ。
ライハルトは狙い続けるにしても、保険が欲しい。早速学校でいい男を探そうと思ったが、私を愛人にしようと近付いて来る人はいても、真剣に私を思ってくれる人はいなかった。
さすがに評判が悪過ぎたかと焦っていたら、ライハルトの婚約が発表された。相手は伯爵令嬢のフィリアナだと聞いた。
その時、急に気が付いてしまった。私は今まで何をしていたのだろう。
私は父が大嫌いだった。いつも愛人を侍らせ、娘に向かって女はブスだったら使い物にならないから、その時は捨てると平然と言って来た。
実際に、姉は父にブスだと言われて数年前に捨てられたと聞いた。父に似ていただけだったのにと使用人が言っていた。
私は母似らしく、父からとにかく金持ちの男を引っ掛けてこいと言われてこの学校に入学した。
父は私の結婚相手にお金をせびる気だった。だから私にそんな事をする気は無かった。折角学校へ入れたのだから、一生懸命勉強して少しでもいい職に就く為に勉強するつもりだった。
そして、卒業と同時に家から逃げるつもりだった。母は弟を産んで直ぐ逃げたし、父に育てられた弟は父に性格がそっくり。未練は無かった。
それなのに、学校に来た途端、私は産まれた時から前世の記憶があったと思い込み、謎の全能感と共に婚約者がいる男性を狙っていた。
意味が分からない。私に前世の記憶なんて無かった。今思い出せるのも、乙女ゲームと言われる話の内容だけだった。これの何処が前世の記憶と言えるのか。
この記憶は一体何なのだろう。実際、記憶に沿って行動できた事は、全てそのまま現実になった。婚約者のいる男性にちょっかいをかけて、幸せになれる筈などないのに、幸せになれると思い込んでいた。
自分の頭の中が恐ろしい。在学期間は残り僅か。実家には帰りたくないので最後の悪あがきにしかならないだろうけれど、勉強を頑張った。
その合間に、私は自分と同じ様な現象がないか図書館で調べた。眉唾だと思って信じてはいなかったが、呪いや呪術士は確かに存在している。
それと並行して、今更ながらだけれど、婚約破棄となった令嬢たちにお詫びの手紙を書いた。私の自己満足でしかないから、読んで貰えなくていい。
攻略対象だと思っていた人たちは家から放逐されていて、今何処にいるかさえ分からなかった。
私がこれだけ多くの人の人生を狂わせたのかと思うとゾッとする。記憶を少し捏造したり、相手に好意を向けさせたりするおまじないに近い呪いは見つかったが、それらはとにかく嘘くさい。
私の身に起きた出来事とは別物の気がする。勉強を頑張ったが、評判が悪すぎるせいで就職先は決まらなかった。父には誰にも相手にされなかったので、自分で生きていくと手紙を出した。
お金を出してまで私を探すことはないだろう。申し訳なくはあったが、退学させられた人たちに貰った品物を売り、それを当面の生活費として平民として生きていくことに決めた。
自分が恐ろしいし、あの数年間が何だったのかと気持ち悪くも思う。しかも今の自分が本当に正常な自分なのかも自信がない。
それでも日々食べる為に、日々生きる為に働くしかない。優しいパン屋の女将さんに拾って貰えて、平民生活は無事に始まった。
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