第6話 伯爵令嬢フィリアナ

 父と母の間には私しか子どもがいなかった。将来この伯爵家は私が継ぐことになる。この国は男社会で女伯爵ともなれば舐められる。

 それを知っている父は、私が将来伯爵家の運営に困らない様にと、公爵家次男クラウス様との婚約を結んできた。


 最初は良かった。クラウス様は上位貴族特有の傲慢さも無く、穏やかで優しい人に思えた。伯爵家に婿入りすることで自分が貴族のままでいられることも良く理解していた。

 ライハルト殿下の側近に選ばれそうではあるが、今回の婚約を理由に時期をみて辞退すると言っていた。


 ライハルト殿下は評判が良いし、良い人と婚約を結んでくれたと父に感謝していた。


 学校へ入学して驚いた。貴族には大まかではあるけれど、領地の位置などで中央貴族と地方貴族に派閥が別れている。

 私の家は地方貴族に分類される家だけれど、私が伯爵になった時に中央貴族に人脈があった方がよいという父の判断で、中央貴族の多くが通う王都の学校へ来た。


 地方で流れる噂とは全く異なる噂が王都周辺や中央貴族の間で広まっていた。

 流れている噂はだいたいこんな所。


 ライハルト殿下は頭が悪すぎて次期国王になるのは難しい。いずれディーハルト殿下に後継者が切り替わるだろう。

 側近候補を出すように言われた当主たちも、ライハルト殿下には有望な令息を推薦しなかった。


 側近は年上から選ばれ、ライハルト殿下がいかに力不足かを物語っている。あれを支えるのは並みの優秀さでは足りない。

 カリーナ様と婚約解消になったのは、無能すぎるライハルト殿下からフォード卿が娘を逃がした結果。既に秘密裏にディーハルト殿下を王太子にする事が決まったのかも。


 婚約者候補として打診されている令嬢たちは、自分が選ばれない様に必死にライハルト殿下を回避している。などなど。


 クラウス様はこの話を知っていて、側近から逃げる為にも私と婚約したのだろう。

 関係は良好なので、気にしない事にした。


 ところがである。学校に入学して間もなく、クラウス様は豹変した。

 急にぼんやりしたりして会話が弾まなくなったと思ったら、堂々と人目のある場所でモモーナ様に愛を囁きだしたのだ。


 いくら男性優位の社会でも、結婚前から愛人を用意するような婿を迎え入れる必要はない。

 最初は様子を伺っていたが、待ち合わせには来なくなり、私に暴言を吐くようになった。


 これはもう無いと思って父に報告したのだが、女性側が非難をされない様に婚約破棄するには段階が必要らしく、公爵家に対する抗議から始まった。


 公爵家からは注意したが、若いのだから大目に見てくれ。学生の間に遊んでおきたいだけのようだとの返答が来た。

 どうしてそれを許さなければならないのか、意味がわからない。両親もまさかの返答に驚いたそう。


 クラウス様は伯爵という身分とモモーナ様の両方を手に入れる。自分にはそれだけの価値があると平然と言った。

 ふざけるなと思ったが、婚約破棄の話は一向に進まなかった。


 もやもやしている時にライハルト殿下からお呼び出しがかかった。何だろうと思い指定された場所に行った。

 そこには、モモーナ様に愛を囁いている令息の婚約者が集結していた。


 ライハルト殿下はただの側近候補であって、側近でもない令息たちの私たち婚約者に対する酷い扱いに心を痛めてくれていたのだ。

 婚約者に苦い思いを抱えていた私たちには心強い味方だった。私たちの話を時間をかけて丁寧に聞いてくれた。なんて優しい方なのだろう。


 あまりに優しく同じ目線で話を聞いてくれるので、全員饒舌になり過ぎてしまった。

 ライハルト殿下が公務の為に城へ戻る時間になってしまったので、後日もう一度時間を設けると約束してくれた。


 次回までに家の意向と、それに関わらず私たち自身がどうしたいのかを考えておいて欲しいと言われた。

 後でライハルト殿下があまりに聞き上手で、話過ぎた私たちは、不敬罪ギリギリだったかも! と肝を冷やしたのだが、何のお咎めも無かった。


 私は直ぐに両親へ連絡を取り、家の意向も私の意思も婚約破棄一択だということを確認した。

 二週間後、ケビン様から私たちが取るべき行動を教えられた。


 家の意向に関係なく、ライハルト殿下は私たち個人の思いを尊重すると言ってくれた。

 そして、お互いに励まし合いながら我慢を続けた結果、誰もが婚約破棄を申し入れたくなるような書類を用意してくれた。


 しかも、時間がかかってしまい申し訳無かったと謝罪までしてくれた。


 国王から見放された令息に価値はない。むしろお荷物だ。私は直ぐに婚約破棄できたが、揉めている所にはライハルト殿下が王家御用達の弁護士まで用意してくれたそうだ。

 度々ケビン様に頼っていて頼りない感じもするが、こういう人が国王に相応しいのではないかと思ってしまった。


 未だに私たちの顔と名前が一致していないのは薄っすら気が付いていたが、そういう所は周囲がフォローすればいい。

 そのフォローが出来るケビン様と一緒にいれば、とても素晴らしい国王になるように思えた。


 全ての件が片付いて、私たちとライハルト殿下が会うことは無くなった。それでも挨拶はするようになった。少し寂しい気もするが、これが本来の距離感だ。

 ある時、ライハルト殿下とケビン様に両親からお礼が届いたので渡そうと探していたら、中庭で二人の会話を聞いてしまった。


「婚約者が決まらない…」

「人の世話に時間をかけている場合では無かったですね」


「いやいや、あれは必要な事だったよ。あんな当主も嫌だし、あんな婿も誰が欲しがる?」

「まぁ、無能な輩を穏便に次期当主から外せたのは良かったかもしれませんね。ライハルト殿下のより良い治世が近付きましたね?」


「あーまじで国王とか嫌。誰か俺を婿に迎え入れて欲しい…」

「今の発言は聞かなかったことにします」


「穏便に誰かに譲れないかなぁ…」

「……」


「ケビン、黙るの止めて!? それ、凄く怖いから!」


 私の頭がおかしいとか思わないで欲しい。その時のライハルト殿下の情けない顔に胸を撃ち抜かれた。

 私たちの前では頼りなさそうに感じることはあっても、ちゃんと尊敬すべき王族として振舞っていた。


 それが、何、あの可愛い感じ! 信頼している人だけに見せる素の自分が可愛過ぎる。母性本能をくすぐられるってこういう事を言うのかしら。

 私にもああいう姿を見せて欲しいと思ってしまった。その為には、まず信頼されなければ話にならない。それから私は、ダメ元で行動に移した。

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