第7話 専属侍女アンナ

 持参金が用意できない家に産まれた令嬢は、修道院へ行くか平民と結婚するか働くかの三択。

 私は働くことを選んだ。お金がかかるのに、勉強させてくれた両親と姉には感謝しかない。


 十五歳で城勤めの採用試験に受かり、女性の中では最もステータスが高い職業に就くことが出来た。これで両親にも姉にも恩返しが出来る。


 結婚相手を見つけて退職する人が多い中、脇目も振らずに努力を重ね、十八歳で第一王子付の侍女に選ばれた。

 城内でのライハルト殿下の評判はあまりよろしくない。それで私の様な貧乏子爵家出身の人間にも話が回って来たのだ。


 だけど私は知っている。ライハルト殿下は子どもらしい子どもで、やんちゃ坊主としか言いようがないけれど、下々にまでお優しい事を。

 私の将来の為でもあるが、精一杯務めさせて頂くのに何の不満も無い主だ。


 侍女を選出した王妃様にも言われたが、私はライハルト殿下に物凄く懐かれた。他の侍女の態度を考えれば当然だとも思う。

 言われた事しかしなかったり、人に仕事を押し付けていいとこどりをする、ディーハルト殿下の侍女に選ばれなかった不満を表に出している人も多かった。


 それでも、自分たちが気に入られない事が気に入らないのか、嫌がらせをされたりもした。けれど、負ける気はなかった。

 嫌がらせをする前に、自分の態度を改めろ、である。それしか思わなかった。


 それに、ライハルト殿下は周囲に噂されているほど愚鈍では無かった。ただちょっと、記憶力が悪いだけ。その代わりなのか、空気を読む力はずば抜けて高かった。


 国王夫妻との殿下のお茶に向けて、私への嫌がらせの首謀者と準備をしなければならず、憂鬱ながらも完璧に場を整えた。

 殿下はご両親の事がお好きなようで、たまに開かれるこのお茶会が大好きだ。邪魔されたからといって不完全な準備などあり得ない。


 和やかなお茶会の最中に、ライハルト殿下がぶっこんだ。


「母上ー。あの人がね、僕がアンナがお気に入りなのが嫌みたいでね、アンナに嫌がらせするの。僕、どうしたらいい?」


 ここで言いますか王子よ。しかも、よく気付きましたね? 結構わかりにくくされていたのですが。思いっきり私の虐めの首謀者を指さしている。人を指でさしてはいけませんと後で注意しなければ。


 その言葉に、陛下が思いっきり嫌な顔をした。そういう足の引っ張り合いみたいなのが大嫌いなお方だと聞く。先輩よ、終わったな。


「あら、そうなの?」

 王妃様の笑顔もかなり怖い。

「うん。仕事もね、僕に見えないところは人に押し付けてるんだよ。僕のお茶入れとかはするんだけど、お茶もあんまり美味しくない」

 その後、先輩含め数人がいなくなった。当然だ。


「ライハルト殿下、よくわかりましたね?」

「僕を子どもだと思って舐めすぎだよね」

 ちょっと悪い顔で笑うライハルト殿下に、意外と大人だなと思った。


 そう思っていたら、城の中なのに移動の際に何故二人以上を連れて歩かないといけないのかとの質問に、護衛はライハルト殿下が安全な場所へ避難する為の時間稼ぎで、私は身を挺してライハルト殿下を守る盾だと答えたら鼻水垂らして号泣した。


「僕、かけっこ頑張るから~」

 そういう問題じゃないんだけど。ぐずぐず泣きながらスカートに縋る様が、幼い頃の弟を思い出す。可愛い。鼻水は後でカピカピになるから困るけど。


「私もライハルト殿下を小脇に抱えて走れる様に、足腰と腕力を鍛えますね」

「ほんと!? 絶対だよ。一緒に逃げるからね! 護衛も怪我しちゃ駄目!」


 ビシッと指をさしてきたので注意しておいた。それからは必ず護衛を二人以上連れて歩くようになった。

 護衛もこの話を聞き、微笑ましい視線が止まらなくなっている。大人っぽいと思う所もあるけれど、まだまだ子どもだ。


 ライハルト殿下が十歳になられた時、私は正式に専属侍女頭となった。他の侍女の選定も任されたので、畏れ多くも王妃様と相談させて頂きながら決めた。

 ライハルト殿下を大切に思ってくれる人を選べたと思う。


 しばらくして、ケビン様が側近になった。内政部門で優秀だったらしいので、ライハルト殿下を馬鹿にする奴かもと侍女全員で警戒したが、そうでは無かった。

 確かに役所では様々なライハルト殿下の悪評が広がっているが、内政部門に関してはそれが悪意のある噂だと知っていると言われた。


 実際に侍女全員でその言葉が真実か観察したが、ケビン様は信頼に値する人物だとわかっただけだった。

 ライハルト殿下の記憶力を補う為に、ただの暗記から体験型へ変更して、地方視察へ頻繁にケビン様も一緒に行くようになった。


 カリーナ様とディーハルト殿下の密会を知ってからは、二人で協力体制を築いた。あれこれしているうちに恋愛に発展、結婚することになった。

 まさか自分が結婚することになるとは夢にも思わなかった。唯一の条件は今の仕事を続けること。ケビン様は私の我が儘にも快諾してくれた。


 ライハルト殿下も、無理はしないようにと言いつつも、私が淹れる紅茶が大好きだからと大歓迎してくれた。


 私たちの親族だけのささやかな結婚式に、サプライズでライハルト殿下が現れたのには驚いたが、本当に良い主を持ったと思う。

 両親も、平民の商人と結婚して私や弟の学費を捻出してくれた姉も、弟も、滅茶苦茶驚いていたが、気さくで優しい自分の主が本当に誇らしかった。


「血は繋がっていなくとも、アンナの事は本当の姉と思っている。アンナを素敵な人に育ててくれて、感謝する」

 ライハルト殿下のその言葉に、両親が号泣したのは言うまでもない。


 ライハルト殿下は学校で素敵なご令嬢と知り合い、結婚後はケビンだけでなく、殿下が在学中に産んでいた息子ごと伯爵家へ受け入れてくれた。

 奥様と一緒になって、息子の事も実子の様に可愛がってくれている。


「有難くは思いますが、息子が変な勘違いをすると困るので、もっと使用人の息子として厳しく接して下さい」

「二人の息子なら大丈夫だろう」

 今日も主からの信頼が厚くて、使用人冥利に尽きるとはこの事だと思う。


「あぁ~。やっぱりアンナの淹れてくれる紅茶が私には一番美味しく感じる」

 幸せだ幸せだとライハルト様は私たちに事あるごとに言いますが、私たちも幸せです。

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