第34話 帰国

「なぜここに?」

「申し訳ありません。行ったことがない場所は移動できない不便な能力なのです」

「そうか。じゃあゆっくり向かうとするか」

「いえ飛ぶことはできますので私の背中に乗ってください」

「え」

「ささ、遠慮なく」

「いやちょっと抵抗あるっていうか」

「何を遠慮なさる必要があるんですか」

「いや遠慮とかじゃないっていうか」


結局、サタンのその押しの強さに負けて背中に乗って空を飛び、帝国に向かうことになった。

空を飛びながらサタンに質問する。


「サタンって、魔王じゃなかったの?」

「ええ、魔王ですよ」

「魔王が人間にひれ伏していいの?」

「先ほども申し上げた通り、魔物はより強いものに忠誠を誓うものです。言ってみれば、私があなた様に忠誠を誓った今となっては、あなた様が魔王のようなものです」

「君の力、エリザベスに少し分けたでしょう」

「ああ、そう言えば分けましたね。その時、ロイアナの周りの人からロイアナの記憶だけを消してロイアナに向けられた愛を私にすげ替えてと言われて実行しました。申し訳ございません」

「いや、呼び出されて願い叶えただけなんだから謝る必要はないよ。でもおかしいんだよね。それで僕の記憶がすっかり抜け落ちた皇帝陛下にさらに忘却薬を飲ませたんだけど、逆に忘れていた事を思い出したようだったんだ」

「毒をもって毒を制すということではないですか? 私にもよく分かりませんが、魔力と薬でその効果と反発しあったのでしょう」

「へー」


そうこうしているうちに早くも帝国の入り口についた。帝国の入り口では何人かがごちゃごちゃと揉めている。サタンに頼み降り立ってみるとそこには知ってる面々が集合していた。


「ロイ! お前、女だったんだって!? しかも内密に結婚していたロイアナ殿下という話は本当か」


そう声をかけてきたのはライオネルさんだ。僕はその言葉にドキリとした。ああ、その話はもう伝わってしまっているのか。これで僕があの軍に戻ることはできなくなったんだ。

他のみんなーーフェルト、レオナ、シルバー、ビビット、それに先生は心配そうにこちらを見ている。僕は震える声で答えた。


「はい。そうです。今ままで騙していて申し訳ありませんでした。いかなる罰も受ける覚悟です」

「ああ、何か罰を受けてほしいところだ。お前からもらったあのハンカチを陛下に殴りつけられて奪われたのだから」

「殴りつけ……え?」


僕が困惑すると、先生が口を開いた。


「当たり前だろう。あれは私が作り終わったら貰いたいと言っていたハンカチだぞ。なぜ私じゃなくライオネルが持っているんだ。おかしいだろう」

「その頃、陛下がロイのことを忘れていたからじゃないですかね」


怒る先生にライオネルが飄々と答えた。先生は痛いところを突かれたという顔だ。


「私はロイのことを忘れていたわけじゃない。ロイアナのことを忘れていたんだ!!」

「余計ダメだと思うんですけど」


ライオネルが嗜めると先生はハッと気づいた顔して、僕の方に向き直った。


「ロイアナ、申し訳ない。なぜだか忘れてしまっていたんだ。言い訳にならないかもしれないが」

「いえいいんです。忘れてしまったのは先生のせいではありませんから。それに、先生がロイアナのことを忘れている間に、ロイアナに対する愛情がエリザベスに向かっていた。つまり、ロイアナを愛する先生を客観的に見ることができました……先生は僕のことを、いえ私のことを愛していらっしゃるんですよね」

「!!」


先生はびっくりした顔をした後、耳まで真っ赤にして押し黙った後一度大きく深呼吸をした。

そして僕の前まで歩いてくると片膝をついて見上げてきた。


「私、ジウェイン・コールライトはロイアナ・コールライトを愛しています。大きな過ちを繰り返してしまった私ですが、これからそれを挽回し、あなたを幸せにするチャンスをいただけませんか」


先生はそう言うと不安そうな顔をして真っ直ぐこちらを見た。


「……はい」


僕がそう答えると、みんなは盛り上がって歓声をあげ拍手をした。サタンは静かに後ろに控えていた。


「ロイ、正直こんな大きなことを隠されていたのは少し寂しいけど、誰にでも隠し事の1つや2つあるもの。でも本当によかったわね。おめでとう」


レオナが涙ながらにそう言ってくれた。


「お前が生きて戻ってきてくれて本当に嬉しい。女だったとか関係ない。だって俺はお前が人一倍努力していたことを知ってるから。ルックナー閣下からロイが王国に一人で行ってしまったことを聞いた時は本当に心配したんだ。俺は、ロイ……ロイアナ王妃殿下に忠誠を誓いたい」


フェルトが片膝をつきながらそう言ってくれた。

ビビットは暑苦しくもおいおいと泣いて、シルバーもビビットと同じくらいおいおいと泣いていた。僕は自分のやりたいことはもう決まっていた。


「陛下」

「なんだい?」

「今までの私への態度を反省なさっているんですよね」

「うっ。は、はい」


特大のナイフが突き刺さったような悲痛な面持ちで先生が返事をした。


「では、きっと私の願いは叶えてくださいますよね」


そう言うと先生は思いっきり不安そうな顔をした。


「ね、願いというのが、その、離縁と言う場合は、私は全力で拒否するよ」


なんとかそう絞り出した先生に「いいえ」というと先生はほっとした顔をした。


「私の願いはそんなことではありません。私の願いはこのまま軍で仕事をしたいということです」

「ぐ、軍で、このまま」


先生は絶句している。


「叶えてくださいますよね」

「い、やそれはちょっと」

「そうですか、残念ですね。では離縁して魔国に行くしか」

「分かった!! 軍でこのまま!!! もちろん叶える!」

「よかった。ありがとうございます。陛下。」

「あと」

「あと?」

「エフテイン王国の森に知り合いが110名いるんです。その方達に住む場所と仕事を提供したいんです」

「分かった」

「あと」

「あ、あと?」

「バニリラントをたらふく食べたいです」


そう言うとみんな笑った。




にっこりと笑ってお礼を伝えると、先生はゲッソリとした顔をしたが僕の右手を見て尋ねた。


「ところで、ロイアナ、その右手に持っているものが何なのか聞いてもいいかな」

「ああ、これはエフテイン王の首です。最近コールライト帝国に喧嘩をふっかけてきてましたし、今までの復讐もかねて殺ってきました」

「あー、そうなんだ。それは大儀であったと言いたいところだけれども、私の情報網によればエフテイン王国は、魔王サタンを召喚したとか」

「ええ、この者がサタンです」

「どうも、初めまして。サタンと申します」

「色々ありまして、ここまで運んで貰いました」


そう言うとみんな1歩後ろに下がって僕たちから距離をとった。


「その色々の部分を聞きたいところだけど、ロイアナも疲れただろうし一度帰ってからにしようか」


先生は疲れたようにそう言うと、ロイアナの手をとって馬車に誘導した。一緒に馬車に入ろうとするサタンにギョッとして、先生はサタンを丁重に追い出すとやっとロイアナの向かいで息をついた。他のみんなもそれぞれ馬車に乗ってサタンは気配的にこの馬車の上に座ったようだった。

城に着くまではお互い無言でガタゴトと馬車が走る音だけが響いた。

城に着いたら、話は明日にしようとみんな自分の寮に帰っていった。先生は王妃の部屋に案内しようとしたけど、僕はそれを固辞して、自分の寮の部屋に帰った。部屋に入った瞬間、何だか久々にこの部屋に帰ってきた気がして安心した。


次の日から、ロイアナは先生含め、関わった人全てに騙していたことへの謝罪と経緯を説明して回った。


コールライト帝国とエフテイン王国は関係した王族の死をもって和解した。

今はエフテイン王国の女王になった叔母とも時々会ってお茶をするようないい関係を築けている。


ジウェインとロイアナの結婚の正式なお披露目は1年遅れではあったが盛大に開かれ、国中お祭り騒ぎになった。

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