第32話 エフテイン王国にて

体が現れたのはエフテイン王国の城の前だった。

急に現れた僕を見て衛兵たちがかなりびっくりしているようだった。だけど誰一人として僕が元王女だったことに気がつくものはいない。僕は彼らに声をかけた。


「死にたくないのであればそこをどいてください」


「お前ぇ、なんだ? 生意気だなぁ」

「だいたい女みたいに腕も細ぇし、よくそんな強気でいられるな」

「お前こそ、俺たちに殺されたくないなら近づかない方がいいゾー?」


男たちは口々にそう言った。どうやら職務中だと言うのに酒を飲んでいるようだ。平民から奪った金で飲む酒はうまいか?

こんなやつらにかまっている暇はないので僕は気配を消して男たちの横をすり抜け城の門を潜る。


「は? え? 今いた少年どこ行った?!」

「いきなり消えたよな! お前も見たよな! な!」

「ゆーれいじゃねー!? やばいな俺たち! 呪われるかも」


背中越しの男たちの声が馬鹿みたいな会話に変わった。

その瞬間、男たちの首は時間差で吹き飛んだ。


そのまま気配を消して歩いていくとあの妹にくっついていたドロドロとした気持ちの悪い気配が強くなってきた。


執務室にノックもせずに入るとワインを飲んでダラダラと過ごす王夫妻がいた。

王はいきなり現れた僕を見てブルブルと醜く太った顔を震わせながら叫んだ。


「だ、誰だお前は! 誰の許可を得てここにいる!!!」


僕はその問いに冷ややかな目をしながら答えた。


「やだなぁ、娘の顔も忘れたの?」


首を傾げると、王はしばらく僕の顔を凝視してやっと気づいたと言う顔をした。


「ロイアナじゃないか! お前! よくも! ワシが帰ってこいと言う時にすぐに帰ってこい! お前のせいで国が大変なことになっているのだぞ!」

「僕のせいですか? 元はと言えば、あなたが僕を追い出したんですよね。妹が聖女だと信じて」

「親を! バカに! するんじゃない!」

「はははは! 馬鹿にしてませんよ。エリザベスと同じこと言ってる、く、ははは。それに、親って言いまいた? 冗談ですよね、僕はあなたたちのことを親だと思ったことはありませんよ」

「貴様!!! 親に向かって!!!」

「だから、親だと思ってないんですって」


そこまで黙って聞いていた義母が口を挟んだ。


「あなた、まだしつけが必要見たいね。背中を向けなさい」


それを聞いて僕は本当におかしくて仕方なくなった。


「あっははははっははは! まだ僕が言う通りにすると信じてるの? 面白すぎる!! ははは」

「いい加減にしなさい!! その笑うのをやめないと今すぐぶつわよ!!!」


僕は抑えきれない笑いをなんとか堪え気配を消すまでもなく義母の前まで歩くと思いっきりグーで殴った。義母の体は1メートルほど吹っ飛んだ。向かいに座っていた王が慌てて立ち上がって咎めようとしたが目の前にあった机を思いっきり王に向かって蹴ると王は「ひぃ」と言って怯えて何も言えなくなった。

義母の方を向き直ると、殴った方の頬を抑え青い顔をして僕のことを見ていた。


「おい、ロープは?」


僕が王に向かってそう言うと王は震える手で近くの引き出しを指さした。

そこを開けると確かにロープが入っていたので、僕は怯えている義母と王を後ろ手に縛った。


「サタン、呼び出したんだよね。どこにいるの?」


そう聞くと王はサタンがいたことを思い出したのか急にニタニタとしだした。


「サタンがいるんだった! もうお前は終わりだ! へへ、ざまーみろ!」

「そんなのどうだっていいから居場所を教えろ」


そう言った途端、後ろにあるドア付近の気配が一気に変わった。さっきまでもドロドロと気持ちの悪い気配だったが、もはや気持ちが悪いと表現するのもおこがましい程の禍々しい気配が充満していた。


「私のことかな」


静かに言ったその声に僕は振り返った。

紫色の皮膚に真っ黒の髪の毛をした男が立っていた。


「……ナス、みたいだな。お前」


我慢できずにそう言うと、サタンの額に青筋が浮かんだ。青筋と言っても紫色だけど。


「失礼なお方ですね。ナスなどと」


冷静に怒っているところを見るとなぜか申し訳ない気持ちになってくる。


「なんかごめん」

「謝られると余計腹が立つんですが」

「僕、君と戦うためにここに来たんだけど」

「そうなのですか。では戦いますか?」

「いや、何かそんな感じじゃなくない? 確かに君すっごい気持ち悪い気配してるけど」

「気持ち悪い……。なぜそのようなことが平気で言えるのですか? あなたは悪魔なのですか?」


サタンとそんなことを話していると王が切れた。


「おい! 何をごちゃごちゃやってる!! 早くそいつを殺せ!」


王にそう言われサタンも困惑気味だ。


「そう言われましても」


そう言っているサタンに僕は尋ねた。


「サタン、君、王に召喚されたんだよね?」

「ええ、まぁ」

「じゃあ、王がいなくなれば君は解放されて僕は君と戦わなくて良くなるんじゃない?」

「え? でも先ほど盗み聞いていた感じではあなたにとってこの方達はご両親なのでは?」

「まぁ、遺伝子的に言えばそっちのおじさんの方はそうなるね。でもおばさんの方は遺伝子で言っても他人だよ……むしろ、今までやられていたことを思えば他人よりひどい」


僕はそう言いつつ義母の首を掴んだ。


「どうやって死にたいですか?」


最後の情けで聞いてあげると義母は真っ青な顔で作り笑いを作った。


「分かったわ。あなたがこんな事をしてまで私たちに愛されたがっているとは知らなかったのよ。ね、今からでも間に合うわよね。パパとママとエリザベスとあなたで、ね? やり直しましょう?」


いまだに自分の立場と状況を分かっていない義母に失笑した。


「今さらあなた方に愛されたいとは思わない。どうかエリザベスとあなた達3人で好きなだけやり直してください。あなた達ならエリザベスと同じところに行けるでしょうから」


そこまで言うと二人はエリザベスがどこに行ってしまったのか理解した。王は絶望的な顔をしている。義母は口をアングリと開けて青い顔のまま俯いた。

僕はそんな義母に話しかけた。


「僕に言う事があるんじゃないですか?」

「い、言う事?」

「分かりませんか? 僕はあなたのストレスの吐口にされていたと言うのに、あなたから謝罪の言葉をもらってない」

「わ、私は悪くないわ! なぜ謝らなければならないの? あなたが悪い子だったからしつけをしてあげただけでしょう? ねぇ、ロイアナ。本当は分かっているんでしょう? あなたもいい年だもの。あなたがちゃんと自分のわがままでしたって謝ったら、私たちも、少しだけ強く叱ってしまった事を謝ってあげる。とりあえず話はこの手を離すことからね」


全く理解できないようなことを義母が言ったような気がした。いまだに義母の首を掴んでいる僕の手を離してもらえると信じて疑わない目だ。

それに王が続けた。


「そうだぞ、ロイアナ。だいたい何を拗ねているのかは分からんが、王族や貴族に生まれた女ならみんな国のため、家のために嫁ぐのは当たり前のことだろう?」

「僕が言っているのがそんな事だと思っているのが、すでに話が通じていない証拠ですね」

「そんな事だろう? お前は寂しかったんだろう? お前が過ちを認め謝罪さえすれば、この国に戻ってきてもいいし、家族としても認めてやると言っているんだ」

「僕はあなた達に、謝られることは有っても、謝ることはありませんよ」


義母の手を掴んでいる手に力を入れると、義母から苦しそうな汚い呻き声が聞こえた。

サタンはいまだに扉の前に立ったままこちらをニタニタ顔で眺めている。


「苦しそうですね」


王は苛々とした顔をしている。僕が自分の思い通りに動かないことに腹を立てているのだろう。

義母は苦しくてそれどころじゃないようだ。

暴れる義母を気にせずにさらに手に力を込めると義母はあっさりと意識を失った。

義母の首を投げ捨てるように離し腰の剣を抜いた。王の髪の毛を掴んで上に引っ張る。


「ひぃ!! わかった! 謝る! あやま」


ーーザシュッ


王は最後まで言葉を発することなく息絶えた。

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