第31話 復讐
僕が執務室の扉を開けると二人は呑気に微笑みあいながらお茶を飲んでいた。
僕が部屋の中に一歩入るとエリザベスが立ち上がりこちらを振り返った。またしてもあの凶悪な笑顔だ。
「やだ、またあのお方ですわ、怖い」
エリザベスがそう言うと先生がエリザベスの傍に寄ってエリザベスの肩を抱き寄せた。そしてその肩にエリザベスは頭を預ける。先生はエリザベスに向かって優しく微笑んだ。
「どうしたんだい? そんなに大胆になって。最初は部屋のドアも開けてくれなかったのに」
「あら? そんなことありましたっけ?」
「私たちの最初のデートは玄関のドア越しだっただろう? 忘れたって言うのかい?」
「そうでしたわね。もちろん覚えていますわ」
「覚えていてくれてホッとしたよ。だけど、私も何かとても大切な絶対に忘れてはいけないことを忘れているような気がするんだ」
「きっと気のせいですわ」
「そうなのかな」
先生は首を傾げながらそう言った後、やっと思い出したように僕の方を見て言ってきた。
「ロイくん、今日は非番にしたはずだろう?」
「はい、陛下」
陛下と呼ぶと先生は一瞬驚いた顔をした。
僕はそんなことはお構いなしに気配を消してエリザベスに近づく。僕が気配を消したことで先生は急に警戒した顔をした。
「ロイくん、悪ふざけは良くないよ」
「悪ふざけじゃないんですよ。先生」
気配を消したまま答えた。
「じゃあなんだって言うんだい?」
先生は僕の気配を探しながら言った。
「復讐……ですかね。まずはそこに居るエリザベスを殺します。でも安心してください。僕はこの国のために命をかけるのですから。処刑する手間が省けますね。だけど、あと1日だけ待っていただけますか? 他にも殺さなければならない人間が居るので」
「何を言っているんだ。復讐? ロイくんがエリザベスに何を復讐するんだ」
さすが、先生だけあって僕が気配を消していても見つけ出して腕を掴まれた。
その隙にエリザベスが走り出してドアをでて逃げて行った。
「先生、本当にロイアナのことを覚えていないんですか?」
先生は不思議そうな顔をしながら言った。
「ロイアナ?」
先生の言葉に僕はひどく胸が締め付けられた。エリザベス、君のやったことは確かに僕を傷つけるのに一番いい。君は僕を傷つけるのが昔から大好きだったもんね。でも今回ばかりは絶対に許さない。
僕の手をいまだに掴んでいる先生に手を離してくれと言っても素直に離してくれるとは思えない。
僕は先生に掴まれていない右手で先生に抱きついてそのままキスをした。先生が硬直する。
僕は口の中で歯の中に生まれた時から隠してあった薬を取り出して先生に無理やり飲ませた。
エフテイン王国の王族は生まれた時と歯が生え変わる時期に奥歯の一つをその薬を入れておくためのものにされる。それは冷遇されていた僕も例外ではなかった。
その薬はエフテイン王国に伝わる忘却薬だ。
初めてならこの薬を1つ飲むだけで6ヶ月〜8ヶ月前くらいから記憶が消える。これでエリザベスに向かった先生の僕への愛情も消えてしまうだろう。僕の頬には涙が流れた。
嫌だ。忘れて欲しくなんてなかった。僕は先生のことが大好きだった。でも記憶を失った先生は、もう僕と一緒の時間を過ごした先生とは違う。僕の先生は死んでしまったんだ。
こうするしかない。この国の人たちみんなを守るにはこうするしかないんだ。そう自分に言い聞かせた。
しばらくしたら先生は気絶した。目が覚めたらまだ僕たちが出会う前の先生になっていることだろう。
「さよなら、陛下。愛していました」
もう何も聞いていない先生にそう告げて僕はエリザベスを追うために廊下に出た。
廊下に出てエリザベスの気配を追う。
サタンの一部が取り付いているおかげで気持ちの悪いドロドロとした気配を発しているエリザベスをすぐに見つけることができた。気配は時間を追うごとにどんどん濃くなって行ってるようだ。
屋上でこちらに背を向けているエリザベスに声をかけた。
「エリザベス」
「お姉ちゃん! 私……違うの! こんなことするつもりじゃ」
最後まで聞かずに気配を消してエリザベスの喉元にナイフを刺した。ナイフを刺したところからはまるで噴水のように血が吹き出した。
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
ナイフで喉を刺しているのにまだ叫べるのか。そんなことしか頭に浮かばなかった。
「ロイ、くん?」
屋上の入り口を見ると先生が立っていた。
「先生、」
「ロイくん、なんでそんなことを」
「先生、目が覚めるのが早かったですね。それに、覚えているんですか? 僕のこと」
「さっきもそれを聞かれたね。私は1回もロイくんのことを忘れたりしていないだろう?」
そう聞いて僕はなんだかおかしくなって笑いたくなった。
「ははっ、はははははははははははは、あっはっは」
「ロイくん、」
「ははは、先生、僕はロイじゃなくてロイアナっていう名前なんです」
「ロ、イア……ナ?」
「聞いたことありますか?」
「ロイアナは私の妻の名前だ」
「!!」
僕は言葉が出なかった。なぜ忘れたはずのことを思い出せたのか。そんな方法はどこを探したってないはずなのに。
でも先生は信じないだろう。ロイアナを覚えていても僕がロイアナだとは信じない。
それは今まで顔を隠していた僕が悪いんだ。それに先生に、いや陛下に忘却薬を無理矢理飲ませた。不敬どころの騒ぎではない。反逆罪に問われかねない。
結果的になぜだか薬が効いてないだけで。僕は先生に尋ねた。
「じゃあ、ここで死んでる女性は何て名前ですか?」
「知らないな。見たこともない女性だ」
先生はここ数時間の記憶がなくなったのかもしれない。でも妙に笑いたくなる気分は続いていた。
僕はなぜかこみ上げてくる笑いを必死で堪えながら先生に言った。
「先生、この女性は僕の妹のエリザベスです。僕が殺しました」
「……なぜ?」
「全てが終わった時、まだ僕が生きていたら話します」
エリザベスは息絶えていた。
僕が聖女の力でエフテイン王国に行こうと光力を集め始めた。僕の周りに光の粒が集まってくる。先生もそこで僕が移動しようとしていることに気が付いたのだろう。
僕の方まで駆け寄ってくると僕に抱きつこうとした。
だけど僕の体はもう半分透けていて、先生は僕に触れることができなかった。
先生の手はただ宙を掴むだけだった。
「ロイ……。ロイアナ!! 嫌だ置いて行かないでくれ!」
「先生、大丈夫ですよ」
僕は体が消える寸前に笑ってそう言った。先生が信じてくれたことが、僕をロイアナと呼んでくれたことがとても嬉しく感じた。
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