第30話 ハンカチはもういらない

「ロイアナ。でしょ? 随分女捨てたのねぇ。髪の毛なんてそんな短くしちゃって」

「なんで、エリザベスがここにいる? なぜ陛下はエリザベスと結婚したことになっている?」

「あら、もともとジウェインは私と結婚する予定だったのだから何も問題ないでしょう?」

「その名を軽々しく呼ぶな!」

「あら、こわーい」

「質問に答えろ」

「あなた、見た目だけじゃなく、中身まで男に染まってしまったの? でもその様子じゃ、これは相当堪えるみたいね」


尚もさげずんだ目で僕を見てくるエリザベスを睨み返すと一瞬怯んだ顔をした。僕が怒ったところなど見たことがないからだろう。


「そうね。まぁ教えてあげてもいいかしら。お父様がすごいものを召喚したの。それにお願いしたのよ。ジウェインの記憶からロイアナのことを消してちょうだいってね。あなたが他の名前で生きてるなんて知らなかったけど。良かったじゃない? これからもそのままで生きれば? あとついでにロイアナに対して愛情があった場合はその愛情をそっくりそのまま私に写すように頼んだのよ。私がジウェインと結婚してることになるとは思わなかったけど、結果オーライね」

「エリザベス、話し方がだいぶ落ち着いたね。大人になったみたいで嬉しいよ」


僕がそういうとエリザベスは顔を真っ赤にして怒った。


「バカにしてるの!?」

「バカにしてないよ。何? 僕が泣いて喚いて陛下を返してとすがりついたら満足したの?」


そういうとエリザベスの怒っていた顔は何かを思いついたようにみるみると笑顔に変わって行った。凶悪な笑顔だ。


「きゃああああ!!!!」


エリザベスは悲鳴を上げると机の上にあった紅茶の入ったカップを自分のドレスにかけてカップを僕の方に投げてきた。

僕の足元で転がるカップを見て僕はエリザベスが何をしたいのか一瞬わからなかったがその時、エリザベスの声に気づいた先生とライオネルが仮眠室から慌てて出てきた。


「どうしたの? エリザベス! 大丈夫かい?」

「あの方が、私に、私に」

「ロイくん……」


先生は僕を疑いの目で見てきた。


「陛下、ロイが皇后陛下にこのようなことをする理由がないでしょう」


すかさずライオネルさんが間に入ってくれる


「あの方が、私に言ったの! 陛下を誑かすのはやめろって」

「エリザベス、ロイくんはそんなことは言わないよ」


先生が考え直してくれたようで安心した。


「私の話を信じてくださらないのですか……?」


しかしエリザベスが涙目でそういうと先生は言葉に詰まった。


「陛下。」


ライオネルが先生を嗜めるようにそういうと先生は咳払いをした。


「あーロイくん、今日は非番にしてあげよう。トレーニングでもしておいで」


先生がそういうと涙目のエリザベスがこちらを見て僕だけに分かるようにニタリと笑った。


僕は執務室を出て、特殊部隊の控え室に向かって歩いた。胸元に入れておいたハンカチを取り出した。

こんなもの、もう必要ないよな。だって先生はロイアナとの記憶を消されてしまった。ライオネルさんの様子じゃ、結婚をしていたことを知っていた人たちも、おそらく結婚相手の名前はエリザベスと認識しているだろう。捨てようかな……ハンカチを見つめながらそう思っていると声をかけられた。


「お前、彼女いたのか」

「ら、ライオネルさん!? 陛下の護衛はどうなさったんです?」

「ああ、ちょうどビビットが来たから押し付けてきた。それで、それは彼女からもらったのか? ずいぶんとその、可愛らしいネズミが刺繍されているが」

「これは龍です。彼女はいません。これは自分で作ったんです」

「お前、それ今捨てようとしていなかったか?」

「あーはい。もう必要ないなと思って」

「お前が必要ないなら俺が使おう」


そう言ってライオネルさんにハンカチを奪われた。


「まぁ良いですけど。男が作った刺繍入りハンカチなんていらなくないですか?」

「ハンカチを使う時に、男が作ったとか女が作っただとか考えないだろう」


ライオネルさんは優しい。きっとエリザベスに僕が何もしていないと信じてくれているし、こうして追いかけて慰め? のようなこともしてくれる。


「それにこれが龍だというなら、軍人にとってこれほど素晴らしい贈り物はない。龍はこの国の戦いの神だからな。女性は好きな男が軍人なら龍の刺繍をして渡す人も多いと聞く」

「そうなんですか」


だから、龍の刺繍をしていると陛下に行った時、陛下は欲しいと言ったのか。今となってはもうそんなことは関係ないな。


ーーライオネルさんが、僕の結婚相手だったら良かったのに。


そんな考えても意味のないことを考えてしまった。

それに、僕はもう誰の妻でもない。僕だけが覚えているならそれはもう最初から何も無かったのと同じだ。

僕が軍に入ったのは最初はただチラシを見つけたからだったけど、今はフェルトやレオナ、この国の人を守りたいと思っている。僕のできる力の範囲で全力で。だから人一倍努力もした。それを、エリザベスに陛下を取られたくらいでやめる僕ではない。


「ライオネルさん、ありがとうございます」


そういうとライオネルさんは少しだけ微笑んだ。


「ロイがご婦人にお茶をかけるなんてしないと信じている。もちろん陛下もそう信じているはずだ。俺は、どんなことがあっても、あのご婦人よりもロイを信じている」

「……ライオネルさん」

「俺は正直、陛下が女関係であんなに変わるタイプだと知らなかった」

「ですね。僕もそうだとは思いませんでした」

「ロイ、もしかして何か知っているんじゃないのか?」

「え?」

「何か大事なことを隠しているんじゃないのか?」


そう聞かれてドキっとした。信じてると言ってくれたのにやっぱり心の底では疑っていた?


「おい、お前ろくなこと考えていない顔をしているな。違うぞ。俺はお前を信じてる」

「え、エスパー?」

「はぁ……やっぱり。そうじゃなくて、お前が何か言いたくても立場とか信じてもらえるか分からないとか、もしくは言ってしまったら殺されるとか思って言えてないことがないか聞いているだけだ」


そう言われて僕はエフテイン王国について知っているあれこれを言うかどうか迷った。でも、先生の時のように信じてもらえなかったら? 祖国を裏切るなんてと言われたら?


「言え。どんな話でも俺はチクって、みすみす優秀な部下を殺させるようなことはしない」

「え、エスパー?」

「……お前な。」


ライオネルさんは心底呆れたと言う顔をした。

僕は意を決して言うことにした。

エフテイン王国の出身であること。家族からは冷遇されてきて生きてこの国に来たこと、エフテイン王国には忘却薬がありクローはそれで記憶喪失になったのであろうこと、そして忘却薬があることは王族しか知らないこと。エフテイン王国が魔王サタンを召喚したということ。それによって今後何が起こるか分からないと言うこと。現に陛下と結婚していたはずの女性が別人になっていること。


自分の持っている情報は全て伝えた。王族だったことがあることも。

ただ自分が女で王女で聖女だったこと以外を。


「そうか。話してくれてありがとうな、でもロイ、お前何者なんだ?」


話全てを静かに聞いていたライオネルさんがそう尋ねた。


「それは僕が無事に戻った時お話しします」

「それで、ロイはこれからどうするんだ?」


ライオネルさんがそう尋ねてきた。


「家族だった人を全員殺しに行きます」


そう言うとライオネルさんはびっくりした顔をした後に微笑んだ。

ライオネルさんの微笑みを見られるのは拷問の時以外はあまりない。


「やっぱりロイは物語の主人公にはなれないタイプだな」


ライオネルさんはそう言った。


「僕は意外と主人公向きな性格ですよ。努力家ですから」


そう言うとライオネルさんは少しだけ悲しそうな顔をした。



「俺に手伝えることはあるか?」

「その言葉だけで十分です」

「そうか……死ぬなよ」


僕はそれに微笑みで返した。


まずは近場の妹からだ。妹にもサタンの力の一部が入り込んでいる気配がした。

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