第29話 記憶喪失

執務室に着くと先生がなぜかかなり落ち込んでいた。


「陛下、任務完了しました! こちらが書簡です!!」


ビビットさんがそう言うと先生はしばらくボーッとして、やっと僕たちがいることに気がついたのか、書簡を受け取った。


「あ、あー、お疲れ様。3人とも明日は1日オフでいいよ」


明らかに様子がおかしい先生に、今日はテンションが低くなってしまったシルバーさんが尋ねた。

「なにか……あったんですか」

「んー。なーんもないよ。なーんも」


そう先生が言って遠い目をしている先生の横でライオネルさんが笑いを堪えているのに気がついた。


「ライオネルさん、何か知ってますよね」

「ああ、知っている。ふっ、ふふ、陛下が懸想している相手に無視されているんだと」


ライオネルさんはそう言うともはや笑いを耐えられないと諦め爆笑し始めた。


「懸想……」

「あぁ! いや! 私のことなんて気にしないで! ほら疲れたでしょ? 帰った帰った!」


そう言って先生は僕たち3人とも執務室から追い出した。


(懸想って、あれだよな、あの片思い的な)


そう考えながら歩いていて気がついた。


(ああ、妖精さんたちと会えなくなって、陛下が離宮にくるタイミングも分からなくなってしまったからだ! しかも1週間も不在にしてたし!)



その夜、離宮で待っていると先生が現れた。

ひどく憔悴している様子で、玄関の前に無言で立ち尽くして動かない。


「あの、こんばんは」


僕が話しかけると先生はとてもびっくりして慌てて返事をしてきた。


「あ、ああ! こんばんは!!」

「どうしたんですか?」

「君が、ロイアナが1週間……いや9日も出てきてくれなかったから」

「その間、毎日通ってくださっていたのですか?」

「……気持ち悪く思っているか? 私は、その、女性との距離感が分からないのだ」

「いえ、気持ち悪くなど……。その、最近ずっと寝込んでおりましたので。訪問に気づかずに申し訳ありませんでした」

「寝込んで!? どこか体が悪いのか!?」

「大丈夫です。もうすっかり良くなりましたから」

「そうか。それなら良かったが、次に体調が悪くなるようなことがあれば、医者を呼ぶので私に報告をしてほしい」

「分かりました」

「えっと、明日も来てもいいかな」

「はい。お待ちしていますね」


覗き窓越しにこっそりと先生を見ながらそう言うと、先生はほっとした顔で肩の力を抜いた。


次の日、僕は1日離宮に籠もってハンカチに刺繍した。妖精さんたちが会いにきてくれない今、陛下がいつ来るのか分からないと言うのもあるし、このハンカチを早く完成させたいと思った。

先生を思って一針一針丁寧に縫い付けた。剣の修行をするよりも手に怪我を負ったかもしれないと思うと一人でクスッと笑えた。

(僕はとことん貴族女性が向いてないな)



このハンカチを先生に渡す時に全てを告げよう。僕がロイアナであること、エフテイン王国の現状、陛下のロイアナのことが好きだという返事も全て伝えよう。もしかしたら陛下はロイアナのことを好きと言ったのは勘違いだったと思うかもしれない。そればかりか裏切り者と怒るかもしれない。

僕は処刑ということになるかもしれないけど、この国を守るために逃げ出してエフテイン王国にいる魔王サタンと、僕の両親と妹を殺そう。

そう決めて僕はハンカチを懐にしまって先生のいる執務室に向かった。

今日は申し訳ないけどライオネルさんには席を外してもらってーーだけどそう考えながら歩いている時に見てしまった。城の中庭で仲睦まじそうに歩く陛下と、妹の姿を。

なぜここに妹が? いや、妹がいたとしてもなぜ陛下とあんなに仲睦まじそうに歩く?

僕は混乱と動揺で頭がすぐには回らなかった。

とりあえず、ライオネルさんに事情を聞いてみようと、僕はそのまま執務室に向かった。

ノックする時間ももどかしく僕は執務室に駆け込んだ。

ライオネルさんはそんな僕の慌てた様子にびっくりしていた。


「どうしたんだ?」

「あの、ライオネルさん! 陛下が、いも、いやご婦人と一緒に仲睦まじそうに歩いていたんですが!」

「ああ、あの方は陛下の……ってロイ、お前、陛下だって気づいていたのか?」

「はい。ってそんなことは今はどうでもいいんです! あのご婦人はどなたなんです!」

「どうでもいいって……。いやあの方は、陛下が半年と少し前にご結婚された方だ」

「なんですって、だって陛下は、ご結婚されてないって、そう言ってたじゃないですか」

「いろいろ事情があってご結婚されたことは隠してたんだが、お2人の気持ちも通じ合って、その他の問題も時が解決したからな。そろそろ発表することに決まったんだ」


ガチャ


その時、先生とエリザベスが部屋に入ってきた。


「ああ、ロイくん。もう来てたのかい?」


そう聞いた先生の横でエリザベスは少し驚いた顔をした後、勝ち誇った顔をした。


「ねぇ、この方はどなたなの?」


妹が先生にしなだれかかってそう尋ねると、先生も嬉しそうに微笑みながらエリザベスを見た。


「ああ、エリザベス。この子は優秀な私の部下で今は護衛をしてくれているロイくんだよ」

「へぇ。そうなの。ロイアナではなくて?」


そう言われてどきっとする。だが先生は全く気づかずに首を傾げた。

「ロイアナじゃなくてロイくんだよ。こう見えてかなり強い子なんだ。ロイくん、この女性は私の妻なんだ。事情があって結婚したことは伏せていたんだけどね。以前、思い人がいると言うようなことを言ったと思うけど、彼女のことなんだ」


そう言いながら先生はとても幸せそうに笑った。僕はただ呆然とした。


「ああ、少しライオネルに話があるんだ。エリザベスとロイくんはここで待っててくれるかい? すぐに戻るから」


そう言って先生とライオネルさんは隣の仮眠室に入っていった。

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