第28話 森には

次の日も同じような景色の森を1日中移動した。途中めちゃくちゃグロテスクな生き物のバニリラントという魔獣を仕留めた。


「ひょー! 今日はこのバニリラントでパーティーだぜ!」

「俺、これ大好きだ!」

「え、これ食べられるんですか? だってすごいグロテスクな……うぇぇ」


見ていて本当に吐きたくなるような見た目のバニリラント、頭はカマキリのようないかつい顔つきで動体は紫色の毛が生えている幼虫にうっすらと見えている皮膚の部分が真っ赤、そしてそれにゲジゲジのような沢山の足が生えている3メートルはある魔獣だ。


「お前はこれのうまさを知らねーんだな!」

「よし! 分らせてやろう!」


そう言って二人は料理に取り掛かった。僕はそのグロテスクなものを見たくなくて、山菜採りに勤しんだ。しばらくして戻ってみると、本当にあのバニリラントが入っているのかと疑うほどの美味しそうな料理が湯気を上げて出来上がっていた。


「お、ロイ! 戻ってきたな! その採ってきてくれた山菜は明日食べよう! 今日はバニリラントだ!!」

「イエーイ!!」


明らかに2人のテンションがおかしい。そう思いながらロイは用意してあった自分の分の丸太に座った。シルバーさんが僕の分も装ってくれ僕は美味しそうにできている汁の器を恐る恐る受け取った。僕が1口目を食べるのを2人がガン見しているのでスプーンで掬った肉を目を閉じて勢いで口に入れて咀嚼してみた。


「お、美味しい」

思わずそう呟いた。


「「だろう!」」


2人は声を揃えて満足そうに言った。


「本当に、本当に! これ! 本当に美味しいです! こんなの人生で初めてだ!! 歯応えもあって、しかも濃厚!」


僕がそう言いながらガツガツ食べ、2人も負けじとガツガツ食べて3人でお腹いっぱいになっても3メートルもあったバニリラントの肉はこの任務中ずっと食べられそうなほど余った。


「最高ですね! これ、こんなに美味しくて、しかもこんなに美味しいのに大きくて長持ち!」

「そうだろう、そうだろう!」

「ま、外に任務に行く奴だけの特権だよな!」

「え? 持ち帰って食べたりとかはしないんですか?」

「まぁしない事もないけど、調理していない状態のバニリラントを運ぶとご婦人から苦情がくるんだ」

「なるほど」


僕がそう納得した時、近くの草むらからガサッと音がした。一気に警戒モードになる3人。張り詰めた空気の中に現れたのは、ガリガリの女性と、その子どもらしいガリガリの10歳ほどの男の子だった。母親の方は僕たち3人を見て悲鳴を上げた。


「ひぃ! お、お許しください! も、も、申し訳……」


言い切る事もできずに母親の方は気を失ったようだ。子供の方はこちらをすごい目で睨んでくる。だけど、その中に怯えの色も見えた。


「ぼく? お腹空いてないかい?」


僕がなるべく優しく聞こえるようにそう聞くと、男の子は呆気にとられたのか少しだけ警戒をといたが、それでもこちらには近づかずに首を振った。


「大丈夫、僕たちは君たちに何もしないよ。さぁ、こっちに来て、これを食べな? 美味しいよ」


続けてそう言うと男の子のお腹がぐぅと鳴った。


「大丈夫だよ。これに毒なんかも入ってない。ほら。」


僕はそう言いながらスープを一口飲んでみせた。

男の子は恐る恐る近寄ってくると僕の差し出した器を受け取った。

尚も不安そうにこちらを見てくる少年に言う。


「お母さんが起きたら、お母さんの分までちゃんとたっぷりあるから」


「あ、ありがとうございます」


男の子は消え入りそうな声でそう言った。


「君のお母さんをこちらに運んでもいいかな?」


ビビットさんが普段見せないくらい優しい声で言った。

男の子は一瞬迷った顔をしたが、火がついているこちらの方が暖かい。そう思ったのか、火と母親を見比べて、小さくうなずいた。ビビットさんは男の子が怯えないようにゆっくりと立ち上がり、母親の体を持ち上げて暖かそうなところに移動させた。

そして母親の体を少しだけ起こすように膝に寝かして口に水をそっと入れた。意識はないが体が水を欲していたのか少しだけ飲み込むことが出来たようだ。

男の子がガツガツと食べるので満足するまでシルバーさんが器が空になったら次々に入れてあげていた。


「ん、」


母親の方が起きたみたいだ。


「大丈夫ですか?」


なるべく落ち着いた声で話しかけると、母親の方はいまだにガツガツと食べている息子を見て力が入らなそうな体を起こそうとした。


「あ、あのすみません。食事をいただいても……私たちにはお返しできるものが何もないんです。ほ、本当に、申し訳ありません」


母親は震える声でそう言った。


「大丈夫ですよ! 沢山余ってたんですから! たーんと食べちゃってください!」


ビビットさんの明るい声が響いた。

その裏表のなさそうな快活な声の響きに母親の方も少しだけ落ち着いたようだった。


「ささ、お母さんもどうぞ!」


シルバーさんが母親の分も器に装って渡した。母親はビビットさんに手伝ってもらい起き上がるとそれを受け取った。

母親がもうお腹に入りませんと断るまでシルバーさんはワンコそばのように母親の器に注いでいた。

母子が満腹で落ち着いた頃を見計らって、ビビットさんが口を開いた。


「何があったんですか?」


そう聞くと、母親は目に涙をためて語った。


「私たちは、ここ、エフテイン王国で2人で暮らしていました。貧しいながらも幸せに。ですが半年くらい前からだんだんと災害が増え、作物が減り、物価が上がっていきました。それまでは何とか2人で生きて行けるお金はありましたが、少ない貯金もそこを着き始めた頃、税金が上がりはじめました。とうとう家賃も払えなくなり、この子と2人住んでいた家を追い出されて、私が働いていたところももう給料が払えないからと首になりました。周りは頼れませんでした。この状況にあるのは私たちだけではないのです。みんな同じ状況で……そうしてどうする事もできなくて、森に入りました。もしかしたら、この子に食べさせられるものがあるんじゃないかと。でも森には魔獣が多すぎて山菜すらも、取れませんでした」


母親はついには耐えきれずに涙を流しながし始めた。


「税金が高くなったって、何故なんですか。だって、上がり始めたって……たった半年前からの話なんでしょう?」

「はい……3ヶ月前からすると月の税金が倍になりました。半年前から比べたらもっと……もう税金を払える人もほとんど居ません! なのに軍人が来てその日暮らすためのお金もみんな持っていってしまうんです」

「兵士はその金で酒を飲んでるんだ!!」


息子の方が叫んだ。


「俺、知ってるんだ! みんな知ってる!! 王族は俺たちがこんな暮らしをしてても平気で悠々自適に暮らすために税金を上げて、兵士は平民から巻き上げた金の一部を抜き取って酒を飲んでいるんだ!!」

「マキリ……」


マキリとは息子の方の名前だろう。母親は悲しそうに呟いた。

僕は我慢ならなくなった。こんなに苦しんでいる人がいる。この人たちだけじゃない。エフテイン国王たちのせいで困ってる人は沢山いる。

僕はそれを助けることができないの?

昔見た本に出てきた英雄みたいに、僕も困ってる人たちを颯爽と助けられる人になりたかった。


「あなたの名前は何と言うんですか?」


僕は母親に尋ねた。母親は戸惑いを隠せないと言う顔で、それでもおずおずと言った。


「アリアです」

「そう。アリア、マキリ、僕は今すぐにあなたたちを助けることはできない。だけど、どうしても助けたいと思ってるんです。あなたたち2人の他に、もっと沢山困っている人がいるんでしょう? その人たちをここに連れてきて貰えないですか。こっそりと」

「でも」


アリアが何かを言いかけるのを遮って続けた。


「お願い。お願いします。絶対に、あなたたちを助けるよう全力を尽くします。あなたたちが、残りの人をここに集める間に僕は食料を準備しておきますから」


元エフテイン王国の王族として、少しでも多くの国民を助けたいと思った。そのためにビビットさんとシルバーさんに許可も取らずに行動した。2人は成り行きをただ黙って見てくれていた。僕が

食料を集めておくと言った後も「俺たちに任せろ!」と2人を勇気づける発言をしてれた。2人が街に向かって森を降りていく後ろ姿を見送った後、僕は2人に向き直り頭を下げた。


「勝手な行動をして本当に申し訳ありません。お2人は任務に向かってください!」

「なーに言ってんだ! 俺たちもお前と同じ気持ちだ!」

「そうだぜ! 協力するに決まっている!」

「ビビットさん……シルバーさん……ありがとうございます」

「ま、そうは言っても書簡を受け取りに行くのは後回しには出来ないから、俺がサクッと取ってくるわ! お前たちは食料調達しといてくれ!! 1日で戻る!」


そう言うとビビットさんは駆け出していてしまった。

残されたシルバーさんと別れまずは近場を散策する。

先ほど5人でたらふく食べてもまだ余っているバニリラントの肉は、あと10人がお腹いっぱいだべられそうなほど残っていたが、アリアたちがどれくらいの人数を連れてくるか分らない上に、蓄えとしての食料も取らないといけない。5時間ほどして元の場所に戻る頃には2メートルほどの魔獣を2匹仕留め持ち帰ることが出来た。シルバーさんは、5メートルほどのバニリラントを1匹捕まえたようで得意顔で待っていた。

とりあえず干し肉に向いていそうな食材はどんどんと干し肉にしていく作業をしている間に3時間ほど経って空が白み始めてきた。今ある食材で普通に生活すれば50人くらいなら1ヶ月は持つだろう。


「ロイ。雨風をしのげる場所を探そう。子供やお年寄りに雨晒しの野宿は堪えるぜ!」

「はい!」


そうして、干し肉を一通り作り終わった後は、洞窟などを探しに歩いた。その間にきれいな湧き水を見つけた。


「おーい! ロイ! 洞窟あったぞ! でも魔獣がウヨウヨいる!」


その声に近寄っていくと確かに洞窟の中には魔獣がひしめき合っていた。

「わぁ。これ全部仕留めたらしばらく食に困らないじゃないですか!」

「お前……いいこと言うな!!」


意見は一致したので2人で洞窟の中の魔獣を狩りまくった。

洞窟の中がすっかり空っぽになった頃にビビットさんが疲れた顔で帰ってきた。


「ここにいたのか。探したぞ」

「すみません。雨風しのげるところを探してて。洞窟の中を掃除してるところでした」

「掃除……ねぇ」


そう言いながらビビットさんは洞窟の前に積まれた魔獣の山を見た。


「何ですか?」

「いや、俺もその掃除ちょっと手伝いたかったなと」

「あぁすみません」

「ところであの2人はまだ来てないのか?」

「はい。そんなに大勢いるんでしょうか」

「とりあえず調理しとかなきゃだな!!」


洞窟の整理も終わったので3人で力を合わせ大量の食事を作ることにした。ビビットさんはシルバーさんの仕留めた5メートルのバニリラントを見てとても興奮していた。

料理がちょうど出来た頃、森の遠くの方から大勢の話し声が聞こえ始めた。しばらくするとアリアとマキリを先頭に100人ほどが歩いてくるのが見えた。


「良かった。洞窟の中にいた魔獣のおかげで足りそうです」

「天のお恵みだったな!」


「ロイさーん! 連れてきましたよー!」


マキリが遠くからそう言った。

後ろを歩いてくる人たちも皆一様に痩せ細って歩くのも大変そうだ。

みんなが集まったところで、僕たちは作った食事をみんなに振る舞った。

数を数えると110人居た。

みんなが思う存分食べて満足した頃、ビビットさんがみんなに声をかけた。


「あー、この中に魔獣と戦えると言うものはいるか!」


そう尋ねたビビットさんに街の人は口々に言った。


「そんなの居るわけない」

「居るんらこんなに飢えてないよ」

「魔獣なんて、見たこともない」


だけどその中に1人だけ小さく手をあげた青年がいた。


「君の名前は?」

「ルークです。15歳です。昔、騎士を目指していたことがあって、結局平民ということでなれなかったんですが、その時の修行で何度か魔獣と戦ったことはあります……」

「そうか。では君にこれをやろう!」


そう言ってビビットさんは自分の剣を差し出した。


「え、でも」


ルークが遠慮して受け取らないのを見て僕が口を挟んだ。


「ビビットさん! そこまでなさらなくても! 剣は僕のを渡すので!」

「いいんだ! これは特に大切にしているものではない!」


ビビットさんはそう言うと遠慮してなかなか受け取らないルークに無理やり押し付けた。


「これからお前はこの110人のために魔獣と戦わなければならない! これは必要だろう!」

「……ありがとうございます」


ルークはそう言って剣を大切そうに抱えた。


「1ヶ月ほどの食料は準備してあります。必ずそれが無くなるまでには戻ると約束します」


そう伝えるとみんな口々にお礼を言った。


「本当に、ありがとう」

「こんなにお腹いっぱいになったのは久しぶりだよ」

「ありがとう。ありがとう」


僕たちはその場を去るのに名残惜しさを感じながらも任務の期日もあるので全力で走った。

城に着いたのは7日目の夜で何とか任務終了予定の時間に間に合うことが出来た。

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