第23話 告白
シルバーさんに自分の育った環境とこの国への熱い思いを話し終えた後、あたりはすっかり暗くなっていた。歩きながらできるトレーニングをしながら寮へ向かって歩いていると妖精さん達がかなり慌てて報告にきた。
『ロイアナ!! ロイアナの先生が塔の付近まで来たよ!』
『何かすごく観察してるよ!』
「え! 何でだろう。陛下に監視してこいとでも言われたのかな?」
『もし訪ねてきたら、ロイアナが居ないとおかしいと思われるんじゃない?』
「確かに!」
それで急いで先生に見つからないように裏の方から塔に入って灯りをつけた時、先生が表のドア付近まで近づいてきた。
起きているものは居るかと聞かれて、20時に寝てるやつの方が少ないですよ先生。と思いながら声を高めにするのを心がけてはいと返事をすると、何とロイアナと話に来たと言う。一応、ロイアナとして会ったことも無いのでどちら様か聞くと皇帝陛下の名前を名乗った。
影武者としての任務として私と話に来たのか……。でもご本人じゃないの知ってるんですよ。
「申し訳ありませんが、皇帝陛下ご本人様と確認できるものはございますか」
ふふん。ないでしょう。先生とロイアナとして顔を合わせるわけにはいかないんですよ。
と思ったのに先生は王家の紋章入りの懐中時計を覗き窓のところに掲げてきた。
いつもと口調が違う先生に不思議に思って、もしかして本当に本物の陛下なのかと思い始めたところに衝撃の発言が聞こえた。
「私に影武者などいない」
影武者がいない? 先生は影武者だって言ってた。
不思議に思っていたことが頭に溢れる。
先生がいくら影武者でも普通は執務までやったりしない。ジウェイン・コールライトと署名したりしない。
それに先生の名前、ジウ……って明らかにジウェインの一部じゃないか。何でそんな分かりやすいヒントを見逃していたんだ。そんなあからさまな偽名使わないでください。僕が言えないけど!
先生が陛下……。じゃあ、こんなところに住まわせたのも、僕のことを信用できないと手紙を出したのも全部先生がーーーー。分かり合えない価値観の人間が先生だったとは思いたくないけど普段の先生としての優しさは、先生の一面でしか無かったんだ。陛下としての一面はきっとすごく冷酷なんだろう。
きっと僕がロイアナであるとバレれば密偵向きな僕の特技のせいでやはり信用できる人間では無かったと、王国のスパイだったのだと思われる可能性がある。そしたら処刑されるかもしれない。せっかく友達や先輩に出会えて、僕の人生はこれからって時なのに殺されるわけにはいかない。どうせ死ぬんだったら、昔見た本に出てくる勇者のように大切なものを守って死にたい。
また日を改めてくるとは言ったけどそうそうこんなところまで来ないだろうと高を括っていたら次の日にまた訪ねてきた。珍しく今日も休みだだったからすぐに塔に向かうことが出来たけど、陛下はロイアナと何をそんなに話したいんだ。
警戒しながらも、今日もドア越しに受け答えをする。先生は当たり障りのない会話をして帰っていった。
何がしたかったのだろうと思いながらせっかくの休みを潰させないでほしいと思う反面、先生からしてみたらロイアナの生活なんて毎日が休みだからいつ来ても大丈夫だろうと思っているのかと思った。
それから先生は僕が学校の日も任務の日も結構な頻度でロイアナを訪ねてきて世間話をするようになった。もちろんドア越しで、だ。
意外にも先生として接するときより冷たい話し方ではあるが、だんだんと打ち解けているような感じになってきた。先生も読書家だったらしく読んだことのある本が結構被ったのだ。
まぁ、僕が王国での幽閉生活の時に暇を持て余してかなりの本を読み漁ったのが大きい。
でも、こう毎日くるのは監視目的だろうか。それを直接聞けるほど仲が良くなった訳でもなくいまだに聞けていない。
そんな日々を過ごすうちに僕たち訓練生は卒業して兵士になることが出来た。これからは、寮も各自の部隊の1人部屋の寮に住む事になった。とは言っても食事は全部隊1箇所の食堂で食べる事になるのでフェルトやレオナはたまには一緒に食べようぜと約束してくれた。
高頻度で夜になると訪れる先生と話すのは楽しいとは思うものの新生活での訓練や任務で疲れた体を引きずって塔まで隠れて向かうのはかなりストレスだった。
ある日、先生の護衛として執務室にいる時に先生に聞いてみた。
「先生はご結婚されているんですか?」
「してないよ」
「え! 本当ですか」
「何? ロイ君、私のこと狙ってるのかい?」
先生がクスクス笑いながら茶化してくるけどそれどころではない。一応夫である本人に結婚していないと言われたのだ。そう言われた瞬間、胸にツキリと痛みが走った。
今日は先生と一緒に執務をこなしているライオネルさんもいつものような無表情で隊長はやめておいた方がいいぞとアドバイスしてくれる。やめといた方が良いも何ももう結婚はしてしまっている。
「先生は、どんな人と結婚したいですか?」
「そうだなぁ。考えたこともなかったけど、私の父上と母上は恋愛結婚だったと聞いているし、それに憧れていた時期はあったかな。それを聞くってことはロイ君は理想があるのかい?」
「……そうですね。僕は、結婚に夢をみていた時期は有りましたけど、今はしたくない、です」
「へー。まぁこんなところに居ると出会いも早々ないもんね」
「はい。先生は好きな人とか居るんですか?」
「んー。どうだろう。気になっている人は居るんだけど、色々と障害があってね。うまくはいってないんだ」
「気になってる方が居たんですね……そんなことまで話してくれるなんて思いませんでした」
「そりゃあ、若者との恋愛話は楽しませてもらわないと」
先生がそう言うと、ライオネルさんが「おじさんくさいですよ」と書類に目を落としたまま忠言した。
先生には、いや、陛下には気になる人がいて、障害とは僕(ロイアナ)のことだろうか。邪魔などしないのに。
「ライオネルさんはどうですか? 好きな人とか居るんですか?」
「そんな浮ついた相手は居ないな」
「というかライオネルは性格悪いやつじゃないと無理だもんね」
「何ですそれは。ロイに変な誤解を与えるのはやめてください」
「でも、意外と付き合ったらライオネルさんは誠実そうですよね」
「何だ、その女子みたいな見解は……」
「そういえば、クロー君が正気に戻ったようだね。何か聞き出せたかい?」
「そうだったんですか!」
「ああ、彼は正気に戻るのと同時に軍に入ったところからの記憶を失っていました」
そうライオネルさんが答えると先生はうーんと唸って考えたあと呟いた。
「そんな都合よく記憶が消せるかな」
消せる。僕は確信を持ってそう思った。王国にそういう薬があると王族にのみ伝えられていた。無味無臭で王国にしか生息していない薬草からできる薬らしく、薄めて使えば精神的な病気の治療にも使えるその薬は、濃い濃度で使ってしまうと使った量によって記憶がなくなる。濃度を濃くすれば濃くするほど記憶がなくなる期間が長くなる。王族はもしもの時のために、奥歯を1つその薬を入れておくためのところにされるのだ。それは冷遇されていた僕も同じ。だから僕の歯の中には忘却薬が入っている。もちろん僕は使ってないけど。
おそらくクローが監禁されている場所に王国の手の物が忍び込んで忘却薬を飲ませたんだろう。ただ、この情報を僕が話してしまえば明らかにおかしいと思われる。
これは、王国の城のかなり隠された場所に保管してあった書物で得た知識だからだ。ロイアナならともかくロイが知っていて良い情報じゃ無い。
その間もあれこれと議論している先生とライオネルさんを横目に僕はロイアナとしてどうやって伝えるか考えていた。
ところでふと疑問に思ったことを質問した。
「それで、スパイ行為をした記憶をなくしてしまったクローをどう扱うんですか?」
「一度特殊部隊に正式に入隊させて泳がせてみようと思う。また、クロー君に接触してくるかも知れないしね」
その日の夜も先生はロイアナのいる塔にドア前での会話をしにきた。
「どうして突然、来てくださるようになったんですか?」
僕がそう尋ねるとドアの向こうの先生は少し困った空気を出しながら答えた。
「私の今までの態度は本当に申し訳なかったと思っているんだ。偶然、ロイアナと話すようになってとても後悔している。君と話していて、君の性格が情報通りじゃないと知ることが出来た。ロイアナと話すのがとても楽しいんだ。だからここにこうして来ている。そんな理由じゃ信じられないかい?」
「確かに、とても信じられる理由じゃありませんね」
できるだけトゲの無いように発した言葉は思いの外、先生の心をえぐったようで無言になった先生を覗き窓からこっそりと覗くと随分と苦い顔をしていた。
「信じてもらえるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだね。私の視野の狭さと至らなさが原因で自業自得だ」
「確かに、ここに理不尽に連れてこられて、嫌な思いもしましたけど、今の陛下はそこまで嫌いじゃ無いですよ」
僕は思った通りにそう言った。陛下とは理解しあうことはできないと思っていたけど、自分の態度を反省して謝ってくれた陛下を嫌い続けることが出来なかった。
「理不尽に連れてこられたって言ったかい?」
「ええ。突然に陛下との結婚をエフテイン国王陛下に命令されてその次の日の朝には国を発てと言われましたわ」
「そうだったのか……。またも私は勘違いをしていたよ。君の妹とするはずだった結婚を君がわがままを言って自分が嫁いできたと、そう思っていた」
「申し訳ありませんが、エフテイン王国で私のわがままが通ったことなんてありませんよ。まぁわがままを言った記憶もありませんけど」
「今、君と話していてそれが本当のことだと分かる。ロイアナはそんなことはしないだろうね」
「ふふ。ドア越しでしか会話をしたことが無いのに分かるんですか?」
「分かる。いつか私がロイアナに信用してもらえるようになって、このドアを開けてもらえるように頑張ってもっと君と話したい」
「まるで、告白みたいですね」
そう言うと陛下は黙り込んでしまった。
「冗談で「告白だよ。私は多分ロイアナが好きだ」
冗談ですよと言いかけた言葉にかぶせるように陛下にそう言われた。
「多分って何ですか」
「私は女性を好きになったことが無いんだ。しかもロイアナの顔も知らない。でも、こうして話していて、すごく楽しいし落ち着く。まだ話すようになって短い期間だけど多分、これが好きってこと、なんだと思う」
真剣な声と気配は決して嘘をついているようには思えない。
「……とても、すぐには答えられません……」
「ああ。わかっている。それだけのことを私はロイアナにしてしまったのだから」
「時間はかかると思いますが、私もこれからどうしたいのか自分の答えを出したいと思います」
「分かった。私はそれがどんな答えでも、ロイアナが出した答えならそれに従うよ」
先生の口調が、陛下からいつもの口調に変わっていっている。普段ロイとして接しているときは意識しないのに、ロイアナとして優しく接してもらうと少しだけ嬉しく思った。
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