第19話 待機室

 特殊部隊の執務室に戻ってライオネルさんに引き渡すと、いつもの無表情を崩しそれはそれは嬉しそうな笑みを浮かべながら侍従を連れて隣の建物に消えていった。

 その顔だけを見れば、彼のいつもの表情と雰囲気に怯えている女性も、そして一部男性も恋に落ちてしまうだろう笑顔だ。

 引き渡した後はまた僕は執務室に行き先生の護衛を続けた。

 途中、前に城で観察していた宰相がやってきて、何やら報告などをしていた。ただの護衛である僕にも丁寧に自己紹介をしてくれた。


「私は宰相のパスカル・レーヴェンシーです。陛下への報告でこちらに度々伺うことがあるかと思いますがよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ロイです!」

「はい、陛下が自慢されていましたよ。有能で努力家の護衛がいると」

「本当ですか! 嬉しいです!」


 僕がそういうと、後ろで先生が書類を見ながら はしゃぎすぎだよ、と笑った。

 パスカルさんが居なくなってからもしばらく嬉しさでニヤニヤしてしまった。

 それからも鬼の様に書類を片付けていく先生を見ながらボーとしていたらあっという間に外は暗くなっていた。


「あー! 疲れた。もうこんな時間になってしまったね。じゃあ今日の任務はここまで。明日は直接ここに来てね」

「分かりました。今日は1日ありがとうございました」


 そして楽しみにしていた今日という日はあっという間に終わった。



 僕は今、特殊部隊の待機室にあるトレーニング器具でトレーニングをしている。今日と明日はお休みの日なのだ。しばらく、週の半分は先生の護衛、あとの半分は学校と充実した日々を送っていた。

 時々、妖精さん達からエフテイン王国の状況の報告が来る。王国は今、どんどん大変な方向に向かっているらしい。エフテイン国王である父も王国を襲う災害が聖女が居なくなったからだと、つまり僕が聖女だったのではとついに思い始めたらしく僕を国に戻そうとやっきになっていて何やらエフテイン王国が皇帝陛下に向けて手紙を出したらしい。僕にも相変わらず上から目線で帰ってこいと言う内容のものが届いている。


 陛下とは、あの手紙以来何の連絡もしていない。王国から陛下宛に出したと言う手紙も先生が居ない時間に執務室を探したけど見つからなかったからどういう手紙かは分からなかった。そういう国家間の手紙なんかは、さすがに陛下本人に届くのかもしれない。


 正直、陛下とは関わり合いになりたくないけど、この国にいる僕の大切な人たちが害される可能性があるなら調べないといけない。

 そんなことを考えながら筋トレに励んでいるとビビットさんが話しかけて来た。


「何考えてるんだ? 筋肉が寂しがってるぞ!」


 今日はビビットさんにトレーニングに付き合ってもらっている。ビビットさんはだいぶ頭のおかしな人なのだ。脳みそが筋肉で出来ていると言っても過言ではない。


「あ、いえ。すみません、集中します!」


 僕は筋トレに集中しようと気合を入れ直すためにほっぺたを叩いた。汗をびっしょりかきながらの筋トレは気持ちがいい。


「シャツ脱いだらどうだ? 暑いだろ」


 ビビットさんにそう言われて一瞬迷ったけど、これまでフェルトと同室で意外と上は裸になる機会があったので慣れていたため脱ぐ事にした。ちなみにビビットさんは今日朝会った時から半裸で汗だくだった。僕が着ていたシャツを脱いで筋トレを始めようとすると、ビビットさんが少し驚いた顔をした。僕は不思議に思って自分の体を見直すーーーーああ。


「虐待のあとですよ」

「そ、そうか! 不躾に見てすまない!!」

「いえ、気にしてませんので。というか忘れてました。すみません、反応に困りますよね」


 そう言いながら持って来ていた変えのシャツを着る。フェルトに傷のことを聞かれた事もあったけど、普通にぼかしながら聞かれて困らない範囲で過去を話した。大体、フェルトやレオナや他の同期の訓練生には最初の授業の時に見られているのだ。あの時も性別がばれないかどうかだけが気になって傷のことはすっかり忘れていた。


「困らない!! ロイが気にしていないのならいいんだ!」

「そうですか。ではこの器具の使い方を教えてください」


 僕がそう言うと、ビビットさんは少し落ち着きのない様子で僕の指している器具の効率の良い鍛え方を教えてくれた。

 

 ちなみに、この場にはシルバーさんも居たけど今日もテンションの低い日らしくてソファーの端の方で空気と化していた。


 最初にこの部屋に来た時からいまだにシルバーさんとビビットさんとしか会えていない。他にも何人かいるとは聞いているけど、会えるのは何時ごろになるんだろうか。

 しばらくすると、ビビットさんのところに任務を知らせる紙で出来た鳥がやってきてビビットさんは1人、任務に行ってしまった。この紙で出来た鳥は魔術で動いているらしい。前に1人でいる時に、何だか聖女の力より魔術の方が便利そうだと呟いたら、妖精さん達が3日拗ねたのでそれ以降、1人でいる時でも何も言えない。

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