第18話 初仕事
先生はどんどん奥の方まで歩いて行って、また扉を開けて中に入る。
そこは結構広い部屋で部屋の右側の方に小さなキッチンとソファーとテーブル、左側の方にトレーニング器具などが置いてある。僕がトレーニング器具に目を奪われていると横の方から声をかけられた。
「おい、俺のことは無視か?」
「あ、ルックナー閣下。お疲れ様です」
「こっちを見ろ。トレーニング器具から目を離せ」
そこであまりにも失礼だったと思いルックナー閣下に目を合わせる。良かった。いつもの無表情だ。ここであの拷問の時の様な笑顔を見たら怯えずにはいられない気がしていたのだ。するとその隣にいたジウ先生が声をかけてきた。
「ようこそ、特殊部隊へ。私が軍総指揮官でこの特殊部隊の隊長のジウ・ブルートだよ」
「え!?」
笑顔の先生にびっくりする。
「せ、せ、先生が!?」
「ロイ君、慌てすぎだよ。まぁ私もビックリさせたくて黙っていたんだけどね」
くすくすと笑いながら言ってくる。僕がしばらく放心状態でいる間、閣下も先生もそれはそれは楽しそうにしていた。
「ロイ君、そろそろ大丈夫? 特殊部隊の仲間を紹介するね」
そう言って先生は遠くのソファーに座っている人を差して紹介してくれた。
「彼は、シルバーだよ。ここでは家名とかは気にしないルールなんだ。シルバーは日によってテンションが違う。今日は無口な日みたいだね。かなりうるさい日もあるけどびっくりしないように先に言っておくね」
「はい! よろしくお願いします! ロイです!!」
遠くにいるので大きな声で挨拶した。シルバーは名前の通り綺麗な銀色の髪をしている。目は遠くて見えないけど緑っぽい。体は華奢な感じだ。少しだけ頷いてくれた様に見えた。
「そして彼がビビット。少し暑苦しいところがあるけど、トレーニング馬鹿なところはロイ君と気が合うと思うよ」
ジウ先生がトレーニング器具のところでふんふん言いながら筋トレをしている赤い髪で赤い目の人を指しながら紹介してくれる。体はほどよく締まった筋肉質な肉体美だ。
「ビビットさん!! よろしくおねがいします!! ロイです!!」
「おう!! よろしくな!!」
これまた遠くにいるので大声で挨拶すると返してくれた。筋トレ好きとは話が合いそうなので早く話してみたい。いや、一緒に黙々とトレーニングをするのもいいかもしれない。
「あと、今日はいないけど他にも何人かいるよ。長期任務だったりする子もいるから全員とは中々会えないかもしれないけど」
「分かりました。ありがとうございます」
ジウ先生にお礼を言うとルックナー閣下が横から話しかけてくる。
「それと、さっき言った通りここでは家名は気にしないルールだから俺のことはライオネルと呼んでくれ」
「はい! ライオネルさん!」
何だか距離が縮まったようで嬉しくて顔が綻ぶ。
「ここでの仕事はほぼ極秘なんだ。他の隊の人に任務の内容を漏らすことはもちろん、特殊部隊の仲間にも関わってる人以外には漏らさない様に気をつけてね」
「はい!」
「今日は初日だし私に着いて回って仕事をしてもらうよ」
「先生、よろしくお願いします!」
「お、今日は一段と気合が入っているね」
「僕、今日と言う日をとても楽しみにしていたんです」
僕がそう言うと閣下がまた横から口を挟んできた。
「張り切るのはいいが、隊長と仕事するのは疲れるぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、隊長はなぁ普段こんな感じだけど「ライオネル」」
閣下が話している途中で先生が閣下の名前を呼んで遮って「任務、増やされたいかい?」 と続けると閣下は途端に静かになった。
隊長はいつもの様な穏やかな笑顔だったけど怒らせると怖いタイプの人なのかもしれない。僕は怒らせない様にしようと心に誓った。
「ロイ君?」
「はい!!」
「何だか怖がってない?」
「そんなことはないです!」
「……ならいいんだけど」
先生は一瞬だけ閣下のことを横目で睨んだ様に見えたけど閣下はいつもの無表情だったので多分気のせいだと思う。うん。
「じゃあとりあえず今日は陛下の護衛でもしようか?」
「え!?」
僕は陛下に会いたくないです!! とは言葉にできなくて焦っていると、先生が冗談だよと言ってくれた。先生の表情を伺ったけどやっぱりいつも通り笑顔だった。
もしかして……副隊長から上の役職には人をいじめて喜ぶ変態しかなれないのかもしれない。
「ロイ君、私はそんな変態ではないよ」
「え! 声に出てましたか!?」
「君の表情で考えていることがだいたいわかったよ。大方、ライオネルと同じ様な性格だとでも思ったんじゃない? 人をいじめて喜ぶ変態だとか」
そういう先生に閣下も「俺もそんな変態じゃありませんが」と言っていた。
というか前にも言ったと思うけど、と閣下には付け足された。
「まぁでもロイ君は揶揄いがいがあるのは事実だけどね」
そういう先生に、閣下もそれは否定できませんと言っていた。
そして念願の初の仕事として先生の後をついて回った。先生は最初に僕に本当に陛下を見たことがないか聞いてきた。城の中に忍び込む時も陛下の部屋の場所などは把握していたけど会わない様に調整していたし本当に見たことがなかったので本当に見たことが無いですと答えた。
そして、城の中を歩く先生の後を着けていくとどうやら陛下の執務室に向かっていると言う事に気付いてしまった。到着して先生が執務室の扉を開ける。嫌だ。見たく無い。そう思うと体がブルブルと震える感覚がわかった。両親に会うのだってここまで体は震えなかったと、どこか現実逃避に走る様なことを考えていると先生に話しかけられた。どうやら何回か呼び掛けられたらしい。
「す、すみません。し失礼します」
先生の後に続いて皇帝陛下の執務室に入った。
だけど、中には誰もいなかった。陛下が終わらせないといけないだろう書類の山は一番奥の窓を背にした机に積み上がっている。
「今日してもらうのは、私の護衛だよ」
「え? 先生は護衛いらないくらい強いですよね」
「うん……まぁそうだけど」
と、言いながら先生は徐に右手を頭上に持ち上げて何やら空中に文字を書いていき最後にそれを丸で囲んだ。先生が空中に書いた部分が光って残っている。これは本で読んだことがある。魔法陣というやつだ。その光がゆっくりと先生の頭から足の先まで降りていくと、先生の髪の毛は茶色から金色に変わって瞳も茶色から綺麗な青い目に変わった。もともと綺麗な顔はしていたけど、もっと端正な顔になった。
僕が行動の理由を理解できなくて首を傾げていると先生が教えてくれる。
「実はこの姿は陛下の姿なんだ。陛下は今危険なお立場なので表にはあまり出て来られない。だけど、裏に引きこもっていたらどこから難癖付けられるか分からないしつけいられる隙は出来るだけ少ない方がいい。まぁそういう感じの理由で私が影武者をしている。護衛も付いてないとおかしいのでロイ君には私の護衛をしてもらいたいんだ」
「なんだ……そういうことでしたか。もちろん、喜んで護衛いたします!」
「よかった。じゃあこのまま執務しちゃうから、護衛はこの位置に立っていてね」
そういうと、先生は僕を執務机に座った先生の左斜め後ろに立たせた。
「執務、先生がしちゃっていいんですか?」
僕が疑問に思ったことを口にすると先生は曖昧に笑っただけだった。
「ロイ君、先生じゃなく陛下だよ」
「はい! すみません陛下」
「よろしい」
先生はそのあとは無言で鬼の様に書類を片付けていた。先生が書類にサインしていくのを後ろから見ながら僕はそういえば陛下の名前も知らないんだと気がついた。結婚して5ヶ月目に入るというのに、旦那の名前も知らないとは。そしてその事に今気づくとはと考えていた。
先生は書類にジウェイン・コールライトと記入している。それが陛下の名前だろうか。というかその名前を先生が書くのはかなりまずいことなんじゃ無いだろうか。
僕がそこまで考えた時、コンコンと扉を叩く音がした。扉の近くまで行って一応警戒しながら開けると侍従がお茶の準備をして持ってきてくれたみたいだった。
「陛下、お茶の時間みたいです」
「ああ。そんな時間か」
先生はいつもの笑顔ではなく無表情で答えた。それがいつもの陛下の表情なのだろうか。実物を見たことが無いので分からないけど。
侍従がソファーの方にお茶を準備していく。
「ああ、君、彼の分も準備してね」
と、先生が侍従に告げた。
「ええ!? 僕は結構です!」
それが自分の分だと気づいて遠慮した。
「いや、1人では味気ないよ。それにどうせ一人分より多くある」
「そこまでおっしゃるなら」
お菓子は好きな方だし、一応『陛下』自身の申し出だから侍従の手前断ることもできずに僕はソファーの先生の向かいに座る。
出された紅茶を一口飲んで、先生に先にすすめられたクッキーに手を伸ばす。
「陛下、これ食べない方がいいです」
僕は、一口食べてそう言った。その瞬間、今までポットなどの片付けをしていた侍従が脱兎のごとく逃げ出した。僕はびっくりして慌てて追いかけた。すぐに追いつき一応隠し持っていた縄で縛って先生の前に連れていくと、先生は優雅にお茶を飲んで待っていた。
「陛下、なんだか分からないですが逃げたので捉えて連れてきました」
「ロイ君、彼はクッキーに毒を盛ったのがばれたから逃げ出したんだよ?」
「え! 毒?」
僕は慌てて聞き返す。
「そう。え? 気付いてなかったの? なんで食べちゃダメって言ったの?!」
先生はびっくりしたらしく、王族風に優雅に紅茶を飲みながら待っていたくせに慌てた口調になってしまっている。
「いえ、毒とは気付きませんでしたけど、昔よく食べていたお菓子に味が似ていて。それ食べると具合悪くなってたんで」
昔、叔母さんがこっそりとよく届けてくれていたお菓子は、その時々で味が甘かったりほんのり苦かったり酸っぱかったりとしていたがそれらを食べると必ず具合が悪くなったのでお菓子が体に合わないと思っていたけど、最近市井でお菓子を買って食べる様になってそれを食べても具合が悪くならなかったので、叔母さんがくれていたお菓子が僕の体に合わなかったのだと思っていた。まさかーーーー
「毒だったとは……」
そう呟いて僕は心が少し苦しくなった。叔母さんだけは僕のことを少しは気にかけてくれていると思っていた。まさか、死んで欲しいとまで思うくらい嫌われていたとは思わなかった。
「さて、じゃあロイ君、彼をライオネルに引き渡そうか」
くそ! くそ! と仕切りに呟いている侍従を差して先生が言った。
「ライオネルさん、あんまり喜ばなそうですね」
「え? どうして?」
「だって、この侍従の彼はさっきの逃げ方を見る限りあまり長い時間耐えられそうにないですから」
そう言うと、先生はこちらをドン引きの目で見てきた。
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