第16話 心配?

 寮に帰ってきた。1日帰らなかっただけだけどもうずっと帰ってないみたいに感じる。昨日はいろいろありすぎたからなぁ。


「ロイ! 朝帰りなんてお前……。もしかして、俺より先に大人になってしまったのか?」

「何してたのよ。お菓子くらい買って来たかしら?」


 部屋に入ったらいきなり2人が駆け寄ってきた。


「フェルト、レオナ。いや、昨日、門のところでルックナー閣下に見つかってしまってお説教されてたんだ」

「ルックナー閣下ですって!? 何でそれをもっと早く言わないのよ! 憧れてるって最初に言ったわよね!」

「ごめん、レオナ。何せお説教だから呼ぶ時間なんてなかったんだ。このお菓子でも食べて機嫌直して?」


 と、レオナの好きそうな甘そうなお菓子を差し出すと無言で受け取って食べ始めた。これは結構怒っているらしい。


「ロイ、あの顔面凶器のルックナー閣下に一晩も説教されてよく生きて帰ってこれたな……」

「いや、意外と爽やかに笑ったりしてていい人そうに見えたよ」

「説教の時に爽やかな笑顔って怖すぎねぇ?」

「まぁ確かに人をいじめることに快感を覚えそうだという印象はあるけど。閣下に聞いたらそんな変態なわけないだろって怒られたよ」

「お前……説教中にさらに怒らせるようなこと言うなよ……」

「何にせよ、私たちはすっごく心配したんだから。今後こんなことないようにしてよね」


 と、それまで怒りに任せて無言でお菓子を食べていたレオナが言ってきた。


「そうだぞ。めっちゃくちゃ心配したんだ。そりゃお使い頼んだ俺らも悪いけど」


 そう言ってきた2人に僕はびっくりした。


「心配、してくれたの?」

「当たり前だろ!」

「するに決まってるじゃない!」


 僕は誰かに心配されるって経験が記憶にないので何だか気恥ずかしいような嬉しいような不思議な感覚になった。


「レオナ、フェルト、心配してくれてありがとう。今度から閣下にも見つからないようにもっとトレーニングするよ」

「そういう事じゃ無いけど。今度から俺も気配消す練習して一緒に行くようにする」

「えー? 難しいよ?」


 そう言うと、フェルトは「馬鹿にしてんのか!」と笑った。


「レオナも一緒にトレーニングやらない?」

「私は遠慮しとくわ。レディがする事じゃ無いもの」


 レディである僕はやっております。とは思ったがレオナの意思を尊重して無理強いはしない事にした。レオナはレディがする事じゃ無いことはしないと言うが筋トレには余念がない。未だにクラスでレオナの胸筋の右に出るものはいない。

 今度、筋トレを一緒にやらないか誘ってみよう。


「今日の休みは2人とも何して過ごすの?」


 ふと気になって僕がそう聞くと2人とも途端に眠そうな顔になった。


「昨日寝てないから今日は寝て過ごす」

「私も」


 そう言った2人は今にも寝そうだ。僕のことを一晩寝ずに待っていてくれたからだろう。


「ごめん、2人とも」

「気にすんな! でも気配消すトレーニングは明日からにしてくれるか」

「う、うん。そりゃもちろん」


 僕がそう言っているうちに2人とも深い眠りに落ちたようだ。安心した顔で眠っているのを見て愛おしく思った。僕は一晩のうちに大事なものが二つもできてしまったらしい。


 

 僕も寝ていなかったのでとりあえず2人と一緒に眠った後、お昼前に起きてまだ気持ちよさそうに寝ている2人を横目に昼食をとりに食堂に向かった。お盆に食事を乗せてもらい席に着く。今日はカレーの日だったのでご飯を少し多めにしてもらった。


「一緒にいいかい?」


 顔を上げると話しかけてきたのはジウ先生だった。


「え、ああ! どうぞ」


 ジウ先生はありがとうと言いながら僕の向かいの席に座った。教官や他の軍人は訓練生用の寮の食堂ではなくもっとちゃんとした立派な食堂があるらしいのに何でわざわざこっちにきているんだろう。


「昨日の話、ライオネルから聞いたよ」

「え、閣下が先生に話したんですか?」


 結構秘密裏な感じの話だったと思うし、事情が事情だし僕が知っているのは仕方ないとして、事情を知っている人は少ない方がいいはずだ。


「あー。えーと、皇帝陛下の執務室にいたから」

 

 ニコリと笑いながら言われたが目が笑っていない。


(あー。そのあたりは聞いてくれるなと言う事ですね)


「ライオネルがロイ君のことを気に入っていたよ。考え方が悪役のようで大変好ましいとね。どんなことをしたらそんな好かれ方するんだい?」


 と、ジウ先生はクスクス笑いながら聞いてきた。


「えーと、僕にもわかりませんが」

「まぁ、それでこの件はまだ片付いてはいないけど、ロイ君の働きが大きく役に立ったと、陛下も言っていたよ」

「そうなんですか。光栄です」

「なんか棒読みじゃないかい?」

「そんなことないです」

「陛下がぜひロイ君に直接お礼を言いたいと言っていたよ」

「……僕のようなものにはそうおっしゃって頂けるだけで光栄な事ですのでそのお気持ちだけで充分です」

「……そうかい? じゃあ、その様に伝えておくよ。ところでこの後何をする予定かな?」

「この後はトレーニングをする予定ですが」

「じゃあ、私がそのトレーニングを見てあげるよ」

「え! いいんですか?」

「そんなに僕との訓練を喜んでくれるのはロイ君くらいだよ」


 先生がふわりと笑いながら言った。確かに先生の訓練はかなりハードで嫌がる訓練生も多い。だけど間違いなく身に付く的確な指導で僕にはありがたい。願ったり叶ったりの申し出にとても嬉しくなった。やはり1人でのトレーニングは飽きが来ると言うものだ。それまでの光栄でも何でもない皇帝陛下からの申し出に比べてなんていい提案だろう!


 そしてさっそく訓練場まで出て走り込みから剣術の指南までいろいろ付き合ってもらった。

 あたりが薄暗くなってきてようやく最後のトレーニングとして気配を消して戦う実戦形式の相手もしてもらった。


「ライオネルも最初に戦った時にすごい戦い方だったと言っていたけど、実際目の前でやられると本当に気を張ってないと何処にいるか分からなくなるね」


 戦いながら先生が褒めてくれる。

 剣がぶつかり合う音だけが響いて心地がいい。先生の気配が暖かく伝わってくる。


「ありがとうございます」


 そう言うと、先生がそれまで戦っていた剣を静かに下ろした。僕も動きを止めて静かに剣をおろす。何か誰かの気配を感じたのかと思って周りを探っても誰の気配もない。


「ロイ君は、さっき陛下の話になった時に急に声が暗くなったけど、何でだか聞いてもいいかい?」

「え」


 突然昼間の食堂での話に戻されて思考が停止しそうになる。


「そ、れは、暗い声じゃなくて、えっと陛下と会うなんて考えただけで緊張してしまっただけです」


 しどろもどろになりながらそう言うのがやっとだった。


「ロイ君はこの国が嫌いかい?」


 そこで初めて何でこんなことを聞かれていたか気づいた。


(僕もスパイの仲間か、反逆者かと思われているんだ)


「この国は好きです!」

「この国は……じゃあ、ロイ君が嫌いなのは皇帝陛下なの?」

「い、いえ! お会いしたこともないですし……」

「会ったことがなくても嫌うことは出来るよ。ましてや皇帝陛下ともなると他国との戦争で大切な者を失ったりすれば恨みの対象にも簡単になり得る」


 先生が悲しげな顔でそう言ったので僕は僕の思っていることをちゃんと話す事にした。


「僕は、確かにこの国の人間ではありません。不敬ですが皇帝陛下のことを個人的に好きになれないのも事実です。ですが僕は、この国で出会った人のことが大好きです。今まで感じたことのない暖かい気持ちをくれるこの国の人が」


 僕は、不敬か反逆で斬り殺される覚悟で決死の告白をした。僕に害がないことをわかって欲しかった。


「だから、僕は皇帝陛下のことは好きになれませんが、血の最後の一滴までこの国のために使いたいと思いました。あと今の陛下の政策は僕としてはすごくいい政策だと思います。続けて欲しいです」


 信じてもらえただろうか。それとも僕の命もここまでか?

 無言でしっかりと僕の話を聞いていた先生はしばらく考えた後、1つ聞きたいんだけど、と質問してきた。


「ロイ君は、何で気配を消す練習をしているの?」

「もちろん、人の弱みを握ったり噂話をこっそり聞いたりするのが好きだからです!!」


 思いの外、大きな声で宣言してしまってから大きな失言をしてしまった事に気づいた。


「あ、いえ、そーじゃなくて、弱みを握るってのは陛下のじゃなくて」


 僕が慌てて弁明していると先生が吹き出した。


「ふふ……っはは。わかったよ。だけど私の弱みまで握らないでね」

「はい!」

「……その返事はちょっと信用できないけど。ライオネルが君を気に入った理由ははっきりわかったよ。あいつは性格が悪い奴が好きだから」

「え!? え、閣下と先生には僕の性格が悪いと思われているんですか?」

「安心しなさい。いい意味だから」

「や、性格悪いにいい意味ってないですよね!」


 目に涙を浮かべながら笑う先生を見てそこまで笑うかと思ったけど僕は一応反逆などの疑いは晴れたみたいだし良しとする事にした。

 そのあと剣のトレーニングを再開してしばらく戦った後、一緒に寮に戻っている間に次の休みもトレーニングの予約をすることができた。

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