第12話 スパイ?

 入隊してから3ヶ月程たった。最近はずっとトレーニングと称して軍やら王宮やらに侵入して密偵ごっこをしていたから、何やらきな臭さを感じている。

 今僕が気配を消して観察しているのは、緑の髪、緑の目にメガネをかけた精悍な顔立ちのお兄さんだ。どうやら彼はこの国の宰相らしくて彼の周りを観察していると色々発見できて楽しい。

 だけど、僕が観察し始めた2ヶ月ほど前からずっと解決していない問題がある。

 それはどうやら新入隊員の中にスパイがいるかもしれないという問題だ。宰相の執務室には様々な報告でやってくる軍人たちがいるけど、その報告だけはこの2ヶ月全くの進展がないみたいだ。



 寮に戻り走り込みをしているとクローの気配が僕を着けているのに気づいた。

 今や剣技もクラスでかなり上位に入ることができている僕にやたら突っかかってくるのだ。僕は辺りに隠れる場所がないところまで走ってくると背中越しにクローに話しかけた。


「何か用? クロー君」


 クローが息を飲む気配が伝わる。ここ最近で僕は気配を読むのもかなり上達した。走っていた足を止めるとクローは完全にバレていることを悟ったのか静かに姿を現した。


「よく分かったな」

「君の気配はうるさいからね」

「バカにするな! お前、自分が上だと思ってるんだろう!」

「上とか下とかどうでもいいよ」

「!! その態度が気に入らないんだ!!」


クローは顔を真っ赤にして怒っていたがそのままニヤリと笑って手にしていた書類の束をこちらに見せつけてきた。


「でもこんなことも、もう終わりだ。この書類はお前がスパイ行為をしていたことをほのめかす情報がまとめられている。俺がこれを提出したらお前はどうなってしまうんだろうね?」

「僕、スパイ行為なんてしてないけど?」


 僕は情報収集という名のトレーニングのことは絶対にバレていない確信のもとそう告げた。


「ふんっ! してたかどうかなんて関係ない。この書類を提出すればお前は間違いなく処罰される!」

「ふーん。そこに何がまとめられているのかは分からないけど、それをクロー君が提出すると僕の立場が悪くなるんだね」

「そうだ!」


 クローは勝ち誇った顔でこちらを見ている。


「で?」

「は?」

「だから僕にどうしてほしいの?」

「軍をやめろ。それだけでいい」


 クローの僕が絶対に言うことを聞くと疑っていない顔が妙に腹立たしい。


「嫌に決まっているよね」

「じゃあ、この書類を提出するまでだ!」

「じゃあ……殺すことにしようかな」


 そう言いながら僕は気配を消した。クローは目の前から僕がいなくなってパニックに陥っている。僕はナイフを手に彼に近づいて耳元で囁いたりナイフを首筋に付けてみたり彼を存分に怖がらせた。服を裂き、髪を切り、殺気をぶつけ、体に傷を付けないように最大限に脅す。

 ストレスで髪が白くなると言うのは本当だったらしい。クローの綺麗な真っ黒の髪が1時間ほどの間に真っ白になってきたところでクローが叫び出した。クローの持っていた書類を聖女の力で燃やしてから限界を迎えたクローの精神を確信して僕は気配を消しながら寮に戻った。



「今日も遅かったな! 俺もトレーニングしてるけど、ロイほどストイックになれないぜ」

「僕は弱いからみんなに置いていかれないように必死なだけだよ」

「でもあんまり無理すんなよ? なんか疲れた顔してるぜ」

「ありがとうフェルト」

「ところでお願いがあるんだけど……」

「何? 石鹸? 雑誌?」

「両方! ロイの分もお金出すから! おねがいします!」

「わかったよ。じゃあ明日行ってくるよ」


 半年間の訓練性の間は街に降りることを禁止されている。石鹸は支給されるけど泡立ちも悪く不人気だ。僕がこっそりと街に降りて買ってきたものを見て、たまにフェルトや仲の良いクラスメイトに頼まれることがある。雑誌を頼まれた時は特に指定はなく、僕の好きなものを買って帰ってみんなで回し読みをするのだ。この3ヶ月でフェルトとレオナとはかなり仲が良くなった。

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