第11話 ジウェイン・コールライト
一月ほど前、皇帝であった父が亡くなった。隣国とのいざこざがあることもあり、つけいられないようすぐさま即位した。
それはもう忙しい日々を送っていたところに王の仕事が追加されたことになる。一月ほど前と言うと隣国、エフテイン王国の姫君と婚姻した。正直、結ぶ価値もない国であるとは思ったが父王の体調が良くなく、とりあえずいざこざを抑えるために組んだ婚儀であった。エフテイン王国には双子の姫がいて、密偵の報告によると姉の方は随分と悪い噂があるようだったから、妹の方と結婚するはずだったのだが姉の方が来てしまったらしい。わがままに育てられて政略結婚にすらわがままを通す。そう育ててしまったエフテイン王国の王と王妃にも呆れる。
とにかく顔だけは合わせるつもりだったが、時期が悪くちょうど父が亡くなってしまったタイミングだったため私はこの1ヶ月、最初に手紙を出したきりその存在もすっかり忘れてしまっていた。
かといって、1ヶ月も放置したくせにいきなり顔を出すのも憚られると思い、未だどんな顔であるかすらも知らない状況だ。
「陛下、手が止まっていますよ」
「あ、あぁ」
「教官の方は他の者に任せれば良いのではないですか」
「いや、軍は王の持ち物なのだからどんな人間がいるのかを把握しておきたいんだ。特に特殊部隊については。本当は君に任せるのではなく、入隊試験も私がやりたかったくらいだよ」
「ですが、王の仕事に加えて軍総指揮官と教官の仕事って……働きすぎですよ」
「君も軍総指揮官補佐と王補佐をやってるんだから、そう変わらないだろ?」
「俺には教官の仕事はまるっと無いですから」
「私は好きでやってるんだから大丈夫だよ。先生と呼ばれるのも気に入っている」
「新しく入った若者たちはどんな感じです?」
「まぁ結構粒揃いなんじゃないかな? 特殊部隊に入ったロイ君なんかは最初、なんで女がいるんだと思ったくらいには綺麗な顔をしているから潜入捜査とかうまく出来そうだよ」
「陛下は女性が嫌いですからね」
「嫌いなんじゃない。苦手なんだ」
「あまり変わらないと思いますがーー彼は……ロイはどんなところで育ってそうなったのかは分かりませんが、気配を消すことに恐ろしく長けていました。目の前で戦っているのにどこにいるか認識できなくなるくらい。俺が反応できたのは彼が殺気を出して俺の背中に斬りかかる時でしたよ。あれは鍛えればとても有能な暗殺者になれる」
「……そうか」
どんなところで育ったのか分からない……か。新入隊員の上半身を見た時、彼が本当に男だったことにびっくりした。だが、それ以上に背中の恐らく虐待の後が無数にあったことが頭に残ってしまっている。
「ジウ先生のそんな恐ろしい表情、訓練生の子供たちが見たら怖がってしまいますよ。せっかく優しい印象で教えているのに」
「ここでその名前で呼ばないでくれ。誰かに聞かれてたらどうするんだ」
「大丈夫ですよ」
微笑むライオネルを見て私は思った。
「君、外でもその顔でいれば怖がられることもないんじゃない?」
「隊にいるときに怖がられるのは好都合ですから」
「外にいる時の顔と比べたら穏やかすぎて二重人格のようだよ」
「陛下には言われたくありませんが。眉間にしわ寄ってますよ」
穏やかな笑顔で言われて私は言い返すことができなくなった。
「そういえば、西の塔の幽霊の噂、最近聞かなくなりましたね」
「大人しくしてくれているならなんでもいい」
私は手元の書類に目を落とした。最近手掛けている、女性の社会進出についての書類だ。
「女性のことが嫌いなのに、軽視しないところは陛下の尊敬すべきところですね」
「何回も言うようだけど苦手なだけだ。それにこの国は遅れている。有能な人材は性別に関係なく働いてもらわないともったいないだろ」
「そのようなお考えなのに、どうして皇后陛下とはお会いにならないのです?」
「……好感が持てないのは事実だけど、今は私の周りにいるのは危険だ。婚姻を結んだことも信頼できる臣下にしか言っていない。それに何より時間がない」
そう言ったところでコンコンとドアをノックされて話が中断された。
「失礼します。陛下に報告があってまいりました」
「入れ」
執務室に入ってきたのは宰相だ。
「報告いたします。何やら軍にスパイが侵入しているらしいという書類が上がってまいりました。時期や出回っている情報を見ると新入隊員ではないかと。」
「わかった。引き続き報告を頼む」
「っは」
かなり忙しい私とその補佐のライオネルに変わって重要な情報は一回宰相に上げられてその中の最も重要な内容だけを宰相が選定して報告してくれる。他の情報は書類にまとめていつでも見られるようにしていてくれている。なので、直接告げられた報告はかなり信憑性が高い報告だと言うことだ。
ーー新入隊員の中にスパイがいる。
今は新入隊員は授業を受けているだけなので、大きな問題はないが機密情報などを扱うようになるまでに見つけ出さないと一大事になるな。特に特殊部隊に入隊したロイ君とクロー君じゃなければいいが。
「申し訳ありません。俺が入隊試験の時に見抜くべきところを」
「いや、入隊試験のときじゃ私だって見抜けないよ」
とりあえず、この書類を片付けて明日の授業の準備をしなければ。
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