2――暗号名「水槽」――

――1917年1月15日 東京砲兵工廠


「で、これ何?」

 工廠に持ち込まれた不可思議な物体を目の前に、大佐の階級章を付けた技術士官が、好奇心に目を輝かせていた。

 困惑しているのは、軍属の技術者だった。

 英語に明るいからと連れてこられたのは良いが、彼は大砲の製造が専門だ。この不可思議な兵器は専門外であった。

「友邦英国から陸軍師団派遣の見返りに供与された、暗号名『水槽タンク』とかいう兵器です。正式にはマーク1というようですが」

「なるほど、で、どのように運用するのだね?」

「英国側の文書の受け売りですが。欧州大戦で現在問題になっているのは、敵の塹壕をいかに突破するかです。双方に機関銃陣地がある以上、うかつに騎兵や歩兵で突撃することもできない」

「それで、この鋼鉄の装甲で覆われた自動車の出番か。何故か車輪が覆われているようだが」

「車輪の外側には履帯というものがついています。そのおかげで、塹壕も乗り越えられるように工夫されているのです。向こうではカタピラというそうですが、我々はこの装置を無限軌道と名付けました」

「無限軌道、か。たしかに、車輪ではハマってしまう溝も乗り越えられるか」

 塹壕を乗り越えて相手陣地を攻撃出来るとか。火砲としてはオチキス6ポンド砲二門、ヴィッカース7.7ミリ重機関銃4門」

「ほう、なかなかの重武装じゃないか……まずは動くところが見たいな」

「そうおっしゃると思い、すでに整備は完了しています。英国人の指導員と、操縦出来る兵もまもなく到着するかと」

「手際が良いな。それでは待とうじゃないか。試験の結果、使えそうなら上へ導入を働きかけよう。二百三高地はもう懲り懲りだからな。機関銃を跳ね返す装甲板と大火力の砲を搭載できれば、無駄に兵が死ななくて済む」

「問題は内燃機関ですね。高出力かつ軽量となると……なかなか国産とはいかないでしょう。英国から輸入するのが手っ取り早いかと」

「いずれは国産化したいものだな。まずは技術を学ばねば」

 技術士官の目は、はるか遠くのものを見据えていた。

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