3―陣地突撃―

――第一次世界大戦 ソンムの戦いにて

「うわ、何だアレ。おっかねぇ。機関銃陣地に突撃してくぞ」

 ロシア軍の軍曹は蟹眼鏡で塹壕線の向こう側をのぞいていた。

――先日から味方に加わった日本軍が勇猛果敢であるという噂はいていたが、これほどとは思わなかった。

 軍曹は内心そう思いながら、驚きとも呆れともつかぬため息を漏らす。

 自殺行為とも思える突撃だが、突撃前に行われていた野戦砲による支援砲撃が思いのほか効果的に敵陣地へ損傷を与えていたらしい。 

 ドイツ軍兵士が突入を阻止しようと機関銃や歩兵銃で反撃するが、思いのほか斃れる日本兵は少ない。そもそも弾幕があまりにまばらであった。

 弾薬の補給が滞っているのかもしれない。

 先頭に立っているのは顔に十字キズのある兵士だった。

 その兵士は銃剣が取り付けられた歩兵銃を抱え、あっという間に敵の塹壕へ躍り込んでいく。続いて塹壕の中から血飛沫と悲鳴が上がる。 

『俺は不…の杉…だ!』

 軍曹の耳に理解できない日本語の言葉が響く。

 彼は日露戦争の奉天で、その声を聞いたことがあるような気がした。

 白旗を掲げたにもかかわらず興奮した日本兵に危うく殺されかけ、捕虜になった時の悪夢の記憶であった。

「奉天の悪夢だ!味方で良かった…」

 心底そう思いながら軍曹は、どうか俺が生きている間に日本と祖国が再び争をしませんようにと祈った。


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