欧州大戦派遣命令

1―日本陸軍、参戦す―

――1914年10月10日

 その日、帝国陸軍参謀本部で急遽開催された会議の席上は困惑に包まれていた。

 つい先日まで強硬に反対論を唱えていた外務大臣の加藤高明が病気療養に入ったことで、英国の要請を受諾すべきではないかという議論が再燃したのである。

 国会は散々に紛糾した。

 しかし、ベルギーなどからも同様の派遣要請が出ていることや、英国に対して貸しを作る絶好の機会であるという意見が一定の支持を得たことから形成は逆転した。

 陸軍大臣も

「英国の言う三個軍団の派兵は難しいが、一個師団の新設を条件に三個旅団の派兵なら可能である」

と答弁せざるを得なかった。

 なお、余談ではあるが陸軍を派遣するなら海軍も、という事になり戦艦を含む艦艇を遣欧艦隊として贈ることになっている。

 師団新設についても紛糾したが、結局師団ではなく旅団の新設というところに落ち着いた。政治的な妥協の結果とはいえ、政治決着により欧州派兵は正式な命令として帝國陸軍へ下された。

 内容を要約すれば、

「我が国は日英同盟に基づき、欧州へ三個旅団を派遣するものと決定した。陸軍参謀本部は、急ぎ派遣軍の陣容を整えよ」

であった。

 その大陸命文書を、参謀本部の高級将校たちは困惑の面持ちで見やる。

「欧州へ?無理ですよ。さすがに遠すぎて兵站線が持ちません。友好国に提供してもらうにしても限界がある」

「海軍に頭を下げるほかあるまい。陸軍にフネは無いのだ。陸路では無理があろう」

「陛下の御名御璽がある以上、命には逆らえん。なんとしても作戦計画を作成せねばならぬ」

「だが、我々は英国の手助けをすれば良いのではないか?積極的な攻勢は控え、塹壕にこもっておればいい」

「なんと惰弱だじゃくな」

「だが、国防ならともかく。他国のために命を張れと兵には言えぬ」

 議論はここでも紛糾した。

「しかし、君たち。考えてもみたまえ。欧州各国が繰り出す新世代の兵器を間近に見られる契機でもある。この機会は存分に生かさねばならん」

「そうだな、あわよくば独逸ドイツ帝國軍の兵器を鹵獲品として持ち帰り、研究する機会に恵まれるかも」

「大蔵省から存分に予算をふんだくれる機会でもある。活用せねば。海軍に負けてはならぬ」

 結局、議論は紛糾するばかりか、あらぬ方向へ迷走しだした。

 他国のために血を流すのならば、取れるものは取ろうというのが人情だからかもしれない。

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