単位平方メートルあたりの幸福度

 人の幸福度を数値化できる時代となって、わたしたち夫婦は毎日、測定器の前に並んでは、更新される数値を確認して喜ぶ。新婚3か月目のわたしたちの幸福度は調子がよくて、もう少し上がったら、ハイパー幸福度夫婦なんて触れ込みで、テレビにだって出られるかもしれない。


 だから「最も幸福度の高い場所に、王妹殿下夫妻が住まわれる」なんてニュースは、あの小さかった王妹殿下ももう結婚かあ、なんてのんきに喜んでいたわたしたちにとって、まさに寝耳に水だった。

 王族が引っ越してくるなんて、もし近所とかになったら、警備だ警護だなんて、きっと大変に違いない。誰もがおんなじことを考えていたようで、各地の幸福度は目に見えて下がり始める。

 わたしたちは慌てた。

 どんなに互いにときめかないように、と思っても、一緒に暮らしているだけで、毎日自然とにやけてしまう。幸福度は留まることを知らず、わたしたちはどんどん幸せになってしまう。

 仕方なく、本当に仕方なく、わたしたちは一旦離れて暮らすことにする。王妹殿下のお引越し先選びがいつ終わるのか分からないけど、永遠に終わらないわけじゃない。

 夫は遠く離れたワンルームから、毎晩電話をかけてくれる。それですら幸福度が上がってしまい、わたしは町内会長に注意され、泣く泣く三日に一度に電話を減らす。


 わたしたちの努力は実を結び、果たして王妹殿下はまったく知らない土地へと移られた。よかったよかったと、さっそくわたしは、いつこっちに戻ってくるのか夫に電話する。

「それなんだけどさ」

 電話口の夫が歯切れ悪くつぶやくので、わたしは警戒する。

「何かあったの?」

「うん。あのさ、きみがこっちに来ない?」


 単位平方メートルあたりの幸福度は、王族以外の人にとっても、引っ越し先の重要なファクターだ。夫の仮宿は、そのあたりでは大変幸福度が低いところで、けれど住んでみたら、なかなかいい町だったらしい。

 わたしは、夫のアパートに行ってみた。典型的な過疎地で、それでも崩れた家のあとにはたんぽぽが咲いているし、ぽつぽつ開いている小さなお店は、ポケットの中に入れ忘れたカイロみたいに温かい。

 わたしはすぐにその町が好きになり、さっそく元の家を引き払うと、夫のアパートに転がり込む。


 そんなきっかけで、今や我が家はキャンピングカーだ。多少狭いけど、あちこち身軽に移動できるのはありがたい。

『あなたの町の幸福度、爆上げします』

 その町で生活するだけで喜ばれるなんて、そんな仕事が成り立つなんて、思ってもみなかった。これまで住んできた町からは、こんなに仲間が増えたんだと、今でもときおり連絡が来る。そのたびにわたしたちも幸せな気持ちになりながら、次なる町の幸福度を上げに、今日も道を駆け巡る。

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