一生に一度のおねがい

『一生に一度のおねがい』は、七歳のときに使った。ぼくはかみさまと交渉し、そうして幼なじみの彼女から逃げられるようにと『おねがい』する。彼女は真っ赤な顔でふくれたけど、一緒に居ると、ろくな事にならないから仕方ない。

 『一生に一度のおねがい』は人生のいつでも使えるし、どんなことだって叶う。翼を得て空に暮らす人だっているし、天国の子どもを育てている人だっている。数十年前までは、いざというときにとっておく人が多かったみたいだけど(なにせ死すらひっくり返せるのだ)、医療が進歩した今じゃあ、みんな自分のためにさっさと使ってしまうのが当たり前だ。うっかり権利を残していて、死にゆく老人を救うために使いなさい、なんて同調圧力を向けられでもしたらたまらない。最近は、どれだけくだらないことに使えるか、なんて競い合いすらあるらしい。刹那的な若者たちは、ピーナッツに鼻を近づけ、吸い込んでぴったり鼻の穴にハマりますように、だとか、偶然にも両方の靴のヒモがほどけて、ちょうちょ結びに繋がりますように、だとか、そんなことばかり願っている。

 別々の高校に進学した彼女は、そんな世界でまだ『おねがい』を使っていなかった。そのかわり、自力でぼくをストーカーしていた。お願いを使わない理由は分からないけど、おおかた「そんな力には頼らない」という意地なのだろう。ぼくの『おねがい』の効果は継続していて、彼女がどれだけ走ろうと、ぼくとの間で必ず信号に捕まるし、人の波に流される。

 だからすっかり油断していた。交差点につっこんできたトラックをぼんやり眺めながら、運命を受け入れるべく目をつむったぼくは、謎の力に突き飛ばされる。目の前には彼女が倒れていて、聞こえてくる悲鳴はやけに遠い。『おねがい』していたのに、なぜ? 理解できないぼくは、倒れた体にそっと近づく。かろうじて目を開けた彼女は、ぼくを認めて意地悪く笑う。「やっと捕まえた」じわじわ広がる真っ赤な命が、ぼくのひざを撫でるように、ゆっくりと絡んでくる。

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