ストロング・ゼロ

 目の前でストゼロを一気飲みするこの女は誰だろう。

 かつて下戸として、ほろよい一口で頬を染めていた元カノは、公園のベンチで三本目のストゼロのプルトップを開けた。

 社会人三年目。大学時代につき合っていた元カノに呼び出されたときは、正直ちょっと期待した。だからまさか、よびだされた公園でそのまま、寒中飲み会させられるとは思わなかった。彼女はたいそう酔っていて、そのノリで適当な人間に連絡したのだとすぐに分かった。

「酒、強くなったんだね」

 話題に困ってそう言うと、彼女はにやにや笑った。

「ストロングだからね」

 話を聞くと、彼女の勤め先はそれなりにブラックで、けどこんなご時世だし、「体よりお金」だそうだ。とても一緒に陸上に励んだ彼女とは思えなかった。

「ほうれん草食べると無敵になるやついたじゃん」彼女はのどを鳴らしてレモン味の9%を飲み干す。「あたしにとってのほうれん草が、これなだけだよ」

 たしかに彼女は見違えた。まるかった頬はすっきりとするどくなって、隙なく整えられた髪と爪先に、書類でパンパンに膨らんだバッグを常に持っていた。同じ業界で働く友人から話をきくほど、ばりばり働いているようだった。「鉄の女、って言うのかね」同窓会で、友人は言った。

 大方の予想通り、彼女は倒れた。入院直前は、仕事中もストゼロを飲んでいたらしい。

「別に倒れてもよかったんだもん」

 飲み過ぎを責めると、彼女はつんとそっぽを向いた。

「つらいこと我慢して長生きするより、楽しく短く生きた方がいい」

 退院した彼女を、ぼくは公園に誘った。相変わらずストゼロをぐびぐびやってる彼女に、ぼくは唐突にかけっこを提案する。ぼくは革靴、彼女にはハンデとしてスニーカーを貸した。果たして、ぼくの圧勝だった。

「ストロングはどうしたんだよ」

 息を切らして座り込む彼女は、ぼくの影から動こうとせず、ちいさくえずいた。

「あんた、文字も読めないの?」

 彼女はうつむいて、バトンのように持った手の中の缶をもてあそんだあと、ぼくに向かって投げつける。

「ゼロってちゃんと、書いてあるでしょ」

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