最終手段生存

 彼が他界したので、わたしも後を追おうと思ったけど、「ぼくの分まで生きて」と言われてしまったので、しぶしぶ生きてる。

 とはいっても、彼のいない世界に興味はないので、わたしは現実と夢を逆転させることにした。目の開いているときが夢で、目を閉じているときが現実だ。

「そういう意味じゃなかったんだけどなあ」

 目を閉じると会える彼は困った顔をするけど、生きる理由だった彼も勝手にいなくなっちゃったわけだし、そこまで期待されてもわたしだって困る。

 顔中に吹き出物をつくりながら目をかっぴらいて働いて、目を閉じたら、変わらない彼とニオイのない世界を過ごす。「目を覚ましな」向かい合ってこたつにあたりながら、彼は口を酸っぱくして、自分を忘れるように、新しい幸せを探すように言う。わたしの夢なんだから、もっと夢らしく無責任に幸せにしてくれればいいのに、彼はいつまでも彼だった。マジメで、融通が利かなくって、いつだってわたしのことを一番に考えてくれる。事故の瞬間だって、わたしなんかを庇ったばっかりに死んでしまった。お人好しは、死んでも治らないらしい。

 そんな生活を続けて5年後、死後の世界は存在しないと証明される。ニュースを見て布団に入ると、彼は神妙な顔で黙ってしまった。常々「天国でお土産話を楽しみにしてるから」と言ってたことがウソだと証明されてしまったからだ。死んでも天国には行けないし、彼はもうどこにもいない。天板の上で、卓上鍋が無臭のまま煮えている。

 わたしは今日も灰色の世界で働く。奇しくも、死んでも彼に会えないという事実が、わたしに生きる理由をくれた。死んだら二度と、目を閉じて彼に会いに行けない。それはいやだから、今日も生きてる。ふと、いいにおいを感じて顔を上げた。店頭試食で味わった魚介チゲ鍋は、旨味が濃くてめちゃくちゃおいしい。わたしはスープの素を一つ買って、帰路につく。パウチの袋は夢の中に持っていけなくても、舌で覚えた味は、きっと彼に届けることができる。

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