あの子は欲しいが萌えもほしい

 好きなあの子には好きな人がいる。それだけなら嫉妬だけしてりゃあいいけど、最悪なことにあの子とあいつは、いわゆるわたしの「推しカプ」だった。

 オタクに生まれついたわたしの、唯一の親友があの子だ。そして当然のごとく、わたしはあの子に恋をした。ブラウスの上にコートを着込み、ファーに顎をうずめるあの子の可愛さなら、五億時間は話せる自信がある。

 だから、あの子があいつに恋をしたとき、そりゃあ嫉妬した。どんな相手か見極めてやる、なんて鼻息荒く隣のクラスに乗り込んで、絶句した。可愛いあの子によくお似合いの、たいへん清潔感のある男子だった。ひと目見た瞬間に、脳裏には二人の告白シチュエーションが百パターンは駆け巡って、わたしはよろよろと壁に手をついた。

 萌える。

 わたしはそのまま家に帰ると、猛然と彼らの出会いと告白とデートと結婚を妄想しては書きなぐった。キャラクター化した彼らが紙の上ですれ違うたび切なくなり、さまざまな困難を乗り越えて結ばれたときは、自分で書いておきながら、滂沱の涙をこぼして幸せをかみしめた。分かっている。バカだ。

 そんな感じで始まっちゃったから、彼女ののろけをわたしはいつも、大変フクザツな気分で聴く。わたしは歯ぎしりしながら、目の前の彼女がわたし以外の誰かによって幸せになっていることを悔しがり、一方で語られるそのシチュエーションを脳内で再生しては、少女漫画をながめるようにうっとりとする。いっそ相手を自分に置きかえて二次創作してやろうかとも思うけど、わたしは女として彼女が好きで、男になりたいわけでもなく、そのうえ彼女がイケメンといちゃいちゃしているところに萌えるので、もうどうしようもない。

 彼女が選んだだけあって、あいつは立派に誠実で、二人はそのまま結婚し、幸せな家庭を築く。わたしは二人の一番の友人ポジションを維持しつつ、二人をモデルとした漫画でデビューして、紙の上でたくさんの推しカプを幸せにする。

 なるほど、わたしの使命はキューピッドだったのか。

 デビュー作がベストセラーになったわたしは、自分の立ち位置にようやく納得する。だから、あの子の夫がいきなり訪ねてきて「離婚を突きつけられた」と泣き始めたとき、呆然とするより怒りが沸いた。わたしはありったけのコネと金と権力を使い、彼女が秘密にしていた病気を探り当てる。ドナーが見つからなければ助からない彼女の病を知って、わたしはすぐにドナー登録をし、奇跡的に適合する。

 きれいな風景のなかに入りたい人と、きれいな風景を外から楽しんでいたい人がいるように、わたしはわたしの周りを幸せにできればそれでよかった。だから、命の危険がある移植手術に即座に同意した。彼女への移植はうまくいった。わたしは普通に生還したけど、術中のトラブルで左足にマヒが残った。まったく困ったもんだ。これじゃあ、あの子に気を遣わせてしまう。

 わたしは彼女たちから離れることを決意した。黙っていた引っ越し当日、彼女たちは玄関前でわたしを待ち構えていた。

「二世帯住宅っていいよね」

 わたしは問答無用で、彼女の家族のとなりに住まわされる。

「あなたがいないと、わたしたちは幸せになれないの」

 わたしはいつの間にか、きれいな風景の一部に認定されていたらしい。ひとことの相談も承諾もなく、なんと勝手な話だろう。そう思うけど、わたしだって彼らのことを、勝手に推していたんだから文句は言えない。

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