不平等聖職者
蜘蛛に噛まれてうずくまっていた外の人間に、つい処置をしてしまったのは、それがちょうど昨日習った疾患だったからだ。
新しく覚えた技をザコ敵で試すように、ぼくは少しの興奮をもって傷を診た。花びらのように並んだ5つの刺し口は、上流の血流を絞ってよく洗った後に消毒し、念のため6番の血清を注射する。こっそり持ち出した注射針にそいつはかなりビビっていたけど、ぼくが医者だって言ったら黙った。本当はまだ見習いだけど、まあ外の人間には分からないだろう。
経過を見るため3日後に落ち合うことを約束して、ぼくは誰も知らない壁の抜け道から内に戻る。夕食は豪華だった。「外一番の豪農が来たんだ」父がうれしそうに言った。「ここの作る米は最高だぞ」
世界から医者が消えて100年になる。かつて聖職という名で使いつぶされていたぼくらは、生き残りをかけて城を築いた。「無償の奉仕は禁忌です」解剖学よりも先に、まず初めに教わることだ。「救うことは運命を捻じ曲げること。そんなたいそうなことを、かつて私たちは慈悲と良心の名のもとに、ロクな対価もなく強制され続けました。二度と繰り返してはいけない」
3日後、あいつはにこにこしながらやってきた。患部は腫れが引いて、すっかり元気そうだ。案の定、手ぶらでやってきたあいつは、にっこり笑って一礼すると、胸に手を当てて息を吸った。あとから知ったが、それは歌と呼ぶらしい。ともかくその音はうつくしく、とても人体から発生するものだと思えなかった。のびやかに響き渡る明るい歌声は、風と絡み、空へ広がり、暮れ始めた橙のなかをどこまでも昇っていく。
この城の内側で生まれたすべての人間と同じように、ぼくもまた医者になった。結局、あいつと再会することはなかった。この城に来るのは、歌わせる側の人間ばかりだ。胸の音を聞き、腹を切り、薬を出して、命を吹き込む。救えなかったときは憎まれ、救えたときは感謝され、そうしてもっともっとと白衣の裾を掴まれる。引っ張る手が多すぎて、ぼくは対価を倍にした。
使いつぶされてはいけない。
しぶしぶ離れていった患者を振りきって、ひさしぶりに外へ抜ける。あのときみたいな燃えるような夕焼けの下に、あいつがうずくまっていた。薄すぎる衣服をぎりぎりまで脱いで、その布で包んだ腕の中の赤子の息はひどく細い。
奇跡を安売りしてはいけない。
ぼくは膝をついて、赤子に触れた。燃えるような発熱、速すぎる呼吸。粘膜の色は夕日の中だというのに冷たく白く、手足はしおれたように投げ出されている。
良心に隷属してはいけない。
風に乗って飛んできた、見えない蜘蛛の糸が顔にはりつく。べたついて不快なそれを乱暴に手で拭って、ぼくは骨ばかりのあいつの前腕をつかむと、地獄から引きぬくように思いっきり引っ張り上げる。
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