第5話 独白

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 人生で嫌いな瞬間の第三位は雨で濡れた靴下をもう一度穿き直す瞬間で、第二位は濡れた下着を穿き直す瞬間だ。

 わたしは窓の隙間からこぼれる光をぼうっと眺めながら、そんなことを考えていた。

 ゆっくりと広めのダブルベッドに横たわると、背中越しにぎゅっと抱きしめられた。

 丁寧な人だ、とわたしは思った。

 なにもエッチだけに限った話じゃない。

 ハルシくんは、普段の会話や行動の全てが丁寧な人だ。この三回のデートで、わたしはそれを痛感している。

 車の運転とエッチの上手さは比例する、なんて言葉もあるくらいだしね。

 わたしはなんとなく、首の後ろから回されているハルシくんの左手と自分の右手の指を絡めた。

 深い意味はなかったのだけれど、彼は嬉しそうに手を強く握り返してくる。

 時間の感覚なんてとっくに溶けだしてしまっているけど、たぶんまだ二時にはなっていないくらい。

 花火大会の後、わたしたちは駅から少しだけ歩いたところに位置するラブホテルに入った。

 花火大会後だけあって、ホテルはお盛んなカップルで賑わっていた。たぶん傍から見れば、わたしたちもそのお盛んなカップルのうちの一人だったんだろうね。

 でも、わたしたちはまだカップルという関係ではない。

 ハルシくんは丁寧な人だから、付き合っていないのにホテルに入ることに抵抗を覚えていた。でも、居酒屋で話すようなノリでもなく、おしゃれなバーは満席だったので、ここに至っている。

 勘違いしないでほしいことは、わたしは誰とでもすぐホテルに入るような女じゃないということ。

 わたしはハルシくんが好き。

 ちゃんと好き、っていう日本語はたぶんあまりよろしくないんだろうけど、ちゃんと好きだ。

 好きじゃなかったらドライブデートにも花火にものこのこ行かないでしょう。

 でもどうやらわたしと彼は、絶対に交わらない価値観を持っているようだった。

 彼は写真が好きだ。料理の写真も花火の写真もきっちりカメラに収めている。

 彼は映画の円盤をきっちりと買う人だ。好きな映画は手元に残して、何回も観る人だ。


 そして彼は、わたしとしっかり“恋人”という関係になりたい人だ。


 でも、わたしはそうじゃない。

 そうじゃないと言うと語弊があるか。

 わたしは写真が好きじゃない。

 わたしは、何かが形に残るのが好きじゃない。

 料理は食べておしまい、映画は演出を感じておしまい。花火は見ておしまい。

 形に残ってしまうと、それはいつか壊れてしまう。

 綺麗な花火の写真もいつかはどこかにいってしまう。

 思い出は最初からそこに存在していないから、なくなることがない。

 大切な思い出が曖昧になったら、少し寂しくなってしまうけれど、それでもあきらめがつくし、前を向ける。

 でも、消えないよう大切にしていたものが壊れたら?

 そんな喪失感を味わうくらいなら、最初から持ちたくない。

 最初からないものは奪われることはない。

 わたしの心の中にあるものだけは、奪われることはない。


 だからわたしは、ハルシくんと恋人になりたくない。


 彼のことは好きだ。大好きだ。

 でも、恋人関係になったらたいていの場合別れてしまう。

 もし恋人関係にならず、今のこの関係でい続けたら。

 居心地のいい、仲のいい二人でい続けることができたら。

 わたしたちは一生別れることはない。

 そもそも付き合ったところで何をするって言うの?

 一緒にお出かけして、ご飯食べて、たくさんお喋りして、エッチして。

 それって、付き合わなきゃだめなこと?

 そりゃあわたしだって妊娠のリスクとかは重々承知しているから、誰それ構わず寝たりするわけないけど、ハルシくんとしか寝ないなら、別にそこまで悪くはないはず。

 どうしてみんな、自分たちの関係に名前を付けたがるんだろう。

 大切だから一緒にいる。それだけでいいはずで、そこに“恋人”という契約を介入させる必要は微塵もないでしょう。

 これは、世の中の恋人を批判しているわけじゃない。

 ただ、わたしがこういう価値観っていうだけ。


 そして、ハルシくんとは一生合わない価値観っていうだけ。


 だからわたしは、彼が好きっていうたび、唇で唇を塞ぐの。

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