第3話 花火
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「はなび!」
夏綺さんのテンションがぶち上りすぎて、最初からクライマックスになっていた。
「言っておくけど、わたしはかーなーり、花火が好きだよ」
「ふうん、じゃあそんな夏綺さんがどのくらい花火好きかどうかテストするね」
「……受けて立つ」
八月某日、ぼくたちは二人きりで花火大会に来ていた。
まだお付き合いはしていない。
先日のドライブから二週間が経っていて、二人きりで出かけるのはあれ以来初めてのことだった。メッセージのやり取りは頻繁にしていたし、サークルで顔を合わせることもあったけれど、いい雰囲気は維持できていたと思う。
なんなら、今日の花火大会の話を持ち出してきたのは夏綺さんの方だ。
そして、彼女はまったく気にしていないだろうけれど、今回のデートはぼくにとって一つの節目だった。
三回目のデート。
三回目のデートとは、ぼくみたいな恋煩い野郎にとってとても大きな意味を持つ。
曰く、三回目のデートで告白をしなかった男女は、友達という関係のままそこより先に進めないというものだ。
これは迷信というより統計。
このご時世に男女二元論で話すのも馬鹿らしいとは思いつつ、どちらかというと男は友達の延長線上に恋人があり、女は恋人と友達を明確に違う箱として置いている傾向を感じている。
「友達だと思ってたのに」なんてセリフ、女性からはよく聞くけれど、男性からはあまり聞かない。
夏綺さんがそういうタイプなのかどうかはわからないけれど、五回も十回もデートしてしまって、夏綺さんに異性として見られなくなってしまうのが一番困る。
だからこの花火大会で、ぼくは告白をして、夏綺さんと正式にお付き合いをするんだ。そう覚悟を決めていた。
だからこそぼくは、ひとつ大きな悩みを抱えていた。
告白のタイミング。
告白のタイミングとは、全人類が抱える悩みの一つだ。この世からどうして戦争がなくならないのか、と同じくらい永遠の命題である。
例えば王道の卒業式。
卒業するタイミングで告白したとして、どうするんだ?
かといって、卒業までのどこかで告白をしたとして、振られてしまえば地獄の学校生活が待っている。
例えば今のような、二人きりのデート。
高校生のころまでは、告白してからデート、の流れが多かったけれど、大学生になってからはデートして告白、という流れが主流になっている。ワオ、アメリケェン。
でも、となると告白のタイミングがとても難しい。
ぼくは古風なナイスガイなので、電話やメッセで告白というのはいまいちだと思ってしまう。だから直接告白したいのだけれど。
告白はデート終わりでいいの?
デートのはじめに告白をして振られたら最悪だということはわかる。
でもデートの終わりに告白したらしたで、なんか脅迫しているように思えない?
善意というか下心で多くお金を出すことで、逆に脅しているように思われるのがものすごく嫌だ。
いや、下心ってことはそういうことなのか?
世の男どもは、告白を断り辛くするために奢っているのか?
「ねえ、ハルシくん、第一問まだ?」
っと、そうだった。下らないことを考えていて楽しい会話のペースを乱してしまう方が問題だ。
「じゃあ、花火テスト第一問」
「てでん! わー、ぱちぱち」
「……夏樹さん、酔ってる?」
「まだ飲んでませんー」
「……じゃあ問題ね」
ぼくは一呼吸おいて、口を開く。
「あk」
「ストロンチウム」
「……正解です」
ぼくが二文字目を言い始めた瞬間に、先回りをして答えにたどり着かれてしまった。
ちなみに問題は赤色の花火に最も多く含まれる金属はなんでしょう。だった。炎色反応の問題。
赤色か青色か聞き分けてから答えているところが完全にプロの手口だった。むすめふさほせ。
それに、リチウムじゃなくてストロンチウムと答えるところが何とも花火好きっぽい。
夏綺さんは「ふふん」と鼻を鳴らしながら胸を張ってぼくの方を見た。
なんだこの可愛い生物!
「じゃあ、第二問」
「てろん!」
「夏綺さんは、ぼくたちが生きているこの世界にどのくらいの値打ちがあると思う?」
「……ハルシくん、ちょっと疲れてるのかな? 休む?」
「あ~~ん」
敗北を認めました。
そんな雑談をしながらぼくたちは長い時間をかけてゆっくりと、花火が見えやすいと言われている広場へ向かう。
人だかりと熱気がすごい。
ちらりと、夏綺さんの方に目をやる。残念ながら浴衣? 振袖? なんかそういう類の着物は着ていなかったけれど、それでも白を基調とした夏っぽいコーデが、すらりとした夏綺さんにはよく似合っている。
すごく暑いのに、彼女の周りだけなんだか爽やかな空気が漂っている。
「暑くない? 平気?」
「いやー、そりゃ暑いよ」
ぱたぱたと手で仰ぎながら彼女がこともなげに答える。
「いくつか屋台が出ているみたいだし、かき氷でも食べる?」
「せっかくだしビール飲もうよビール」
「ん、いいね」
ぼくは大勢で飲むのはあまり好きじゃないけれど、静かに数人で飲むのは好きだった。
ビールを販売している屋台を見つけて、ついでに串に刺さったイカのゲソを買うでゲソ。
「わたし、屋台も好きなんだよね」
「うんうん、わかる。ちょっと高く感じなくもないけど、普通に美味しいよね」
「唐揚げとかベビーカステラとか」
金魚すくいとかヨーヨーすくい、射的とかも普通に面白いと思う。
「お祭りの時以外でも、普段から家の前に屋台が欲しいくらいだよ」
でもぼくがそう言うと夏綺さんは一瞬だけ止まって。
「うーん、それはどうだろう」
と言った。
「屋台って言うのは、いつも行けるわけじゃなく、すぐ畳まれてしまうからこそいいものだと思うんだよね」
「スタバの限定が常時あったら逆に飲まない、みたいな感じ?」
「まあ、そんな感じかなあ」
それを聞いてようやく、この人を少しだけ理解できた気がした。
前に写真が嫌いだと言っていたことを思い出す。
きっと夏綺さんは。
「夏綺さん、百万ドルの夜景と線香花火ならどっちの方が好き?」
「線香花火だね」
「じゃあどっちの方が綺麗だと思う?」
「……それは、さすがに百万ドルの夜景なんじゃないの? 見たことないから知らないけど」
「……」
その時、頭上が光ったかと思うと、どーん、と馬鹿みたいな音が響いた。
一発目の花火だった。
近いからか、光と音にほとんど差がなかった。
隣から「んん」と息を呑む声が聞こえる。
ぼくも「ふぇ」みたいな間抜けな空気を漏らした。
その弾ける火花は本当に綺麗で、勉強の悩みや将来の悩み、夏綺さんとの関係で悶々としていた感情さえも、全部吹き飛ばした。
ぼくと夏綺さんはふと顔を見合わせて、どちらともなくビール瓶を掲げた。
「かんぱい」
もう何度目の乾杯になるだろう。
それでもぼくたちは、そうすることでしか感情を表現できなかった。
暑さも、人ごみも、全部全部忘れさせてくれるような輝き。
この瞬間を誰かと共有するために、人は生きているんだなあ、みたいな頭の悪いフレーズすら頭を過る。
そんな感じで呆けながら何発か見送った後、ぼくは慌ててカメラを構えた。
花火をうまく写真に撮るのは難しいんだ。
それでもなんとか数枚写真を撮って、ぼくはカメラを下げた。
「いい写真撮れた?」
なんて彼女が聞いてくるから、気を使ってくれているんだろうなあと思いながら、「とれたよ」と言った。
ぼくが「とれたよ」と言った瞬間、どん! と大きい花火が撃ちあがる。
「……っくく」
そのタイミングがあまりにもぴったりだったからか、夏綺さんは笑いをこらえきれずに唇を噛んだ。
「ねえ、ハルシくん」
「なに?」
夏綺さんが、意を決したような表情でぼくを呼ぶ。
ぼくはほんの少しだけ緊張しながら、真剣な面持ちで彼女を見る。
彼女はすぅ、と息を吸って、
「『生きたい』と言えェ!」
どん!
キメ台詞の直後にちょうどいいタイミングで花火が打ちあがる。
「何そのワンピースごっこ。ぼくもやりたい」
何発も打ちあがると、さすがに感動も薄れてきたので、ぼくと夏綺さんは談笑しながら花火を眺めるという贅沢モードに突入した。
「なんかさあ。花火ってどん! ぱっ! って感じじゃない?」
「普通はぱっ! どん! なんだけどね。これだけ近くて、何発も打ち上っているとそんな風に見えてくるよね」
「花火見ると、スプラトゥーンやりたくなってきた」
「いやなんで!」
「なんか、ホットブラスター思い出す」
「……」
スプラトゥーンは未履修だった。
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