Supernova

「素晴らしい! 実に素晴らしい!! この世のごく少数には、属性の魔法がついているのですが、あなたのピアノには、火の魔法がついています!!」

「……」

 コイツ頭だいじょぶか?

「第三楽章のあそこでまさかの一瞬、落とす! それによりバカみたいに爆走するだけの短絡的なダイナミックさではない、新鮮な疾走感が生まれ緩急に見事、引き込まれました!」

「……それは、どうも」

 今日のコンクールに来ること自体は知っていたが、どうやって入って来た。

「他にも風や大地の魔法を持っているピアニストがいるのですが、彼らとはまた一線を画す、情熱的だけれど繊細なゆらぎをも秘めるあなたは、正しく火属性です!!」

 演奏後の控室で、周りの目も気にせず彼は早口でまくし立てた。

「例えば、地属性の彼は、重さが魅力ですね。安定感抜群で、何を弾いても強烈に重力に引きつけられます」

「……」

 低音がステキ、と言いたいのだろうか?

「風属性の彼は、時に荒れ狂い時に優しくそよぐ風のよう。音のゆらし方が天才で! 王道も良いのですが、ジャズアレンジが秀逸です。上から下まで一番、幅を持っているのが彼ですね」

 こんなただの変人だと気づいていれば、私の黒歴史はなかっただろうに。あの頃から人と違うとは思っていたけれど。

 音高一年の時、新入生歓迎会で聞いたこの人の演奏に、落ちた。

 小川のせせらぎのように清らかで。

だけど、無機質な宝石みたいに冷たくて。

自分とは真逆のプレイスタイルに惹かれたのかもしれない。

当時、三年生だったこの人は「開校以来の天才」と、将来を約束された学生として有名だった。けれど周りの反応になんて微塵も興味を示さず、他人を寄せ付けない孤高の光みたいな存在だった。

クールな感じで、それが一層カッコ良く……見えちゃったんだよなぁ。

「酸素を消費してどんどん燃え盛る炎のように、あなたの後ろには踏み台にされた累累たる死屍が見えます! いやあ、情熱的で良い演奏でした!!」

 失礼な。……図星だから余計、腹立つ。

あの頃の私は、気が狂いそうなほど、どうしようもなくこの人に憧れた。今思えば、それは恋というより単純に、この人になりたかったんだと思う。

けれどその同一性的願望を、恋心と錯覚していることに、思春期のいたいけな少女が気づけるわけがない。

彼の卒業前、抱き続けて抑えきれなくなった思いの丈を、本人にぶちまけた。

そして相手もされずに玉砕した。あの時の彼の瞳に、私は映らなかったのだ。その他大勢のモブとして、蔑むような一瞥だけを与えられた。

あの目は一生、忘れない。

悔しくて悲しくて恥ずかしくて、演奏で振り向かせてやると躍起になった。その憤りだけでここまでのし上がって来たのだから、彼の言ってることもまぁ間違ってはいない。

「……私が火なら、あなたは氷ですか?」

 握りしめられた手を振りほどきながら、冷ややかに聞いてみた。

「おしい! 僕は水です。簡単に言うと技巧で、普通の人から見れば指が二十本あります」

 イヤミか? 確かに容器に合わせて形を変える水のように、縦横無尽にどんな曲でも弾きこなすが。

「一人連弾も出来るし、強いて言えば高音が得意ですが、まあ昔の話ですよ」

 私の怒りのボルテージが上がってゆく。

 そうなのだ。この男ときたら、私が追っかけて同じ音大に入る頃には、演奏なんてそっちのけでプロデューサー業をやり始めたのだ。

全国津々浦々を巡り天才を発掘しては、その人たちのプロデュースがネットで話題になった。たまに宣伝と小遣い稼ぎのために自分の超絶技巧動画を上げ、それをも成功し、彼は瞬く間に有名になった。

登録者数百万人突破記念に、金と銀の盾が送られたという動画を見た時、スマホを真っ二つにへし折りそうになったくらいだ。

何故、天はこんな人に才能を与えてしまったのか。実に悔やまれる。

私は天才なんかではなかった。

それがわかっているからこそ、血反吐を吐きながら死に物狂いで常軌を逸するピアノ漬けを送って来た。

執着だけで人生を捧げられるのだから、彼を責める権利もないくらい、私も狂っているのだろう。その道中で、挫折する人や心身の健康を害して使い物にならなくなった人たちを沢山見てきた。

「あなたは世に埋もれるべきではない。僕のもとで、その才能を開花させませんか?」

 そういえば。

 学生時代、この人の演奏を聞いて夢を諦めた人たちが何人かいた。私にとっては憧れでも、別の誰かにとって、彼の演奏は『弾くことを、やめさせる』。

 それくらい、この人はすごかった。

 何故、やめてしまったのだろう。

「……」

 そろそろ結果発表の時間だ。彼の存在を無視して、私は控室の扉へと歩いて行った。

「……申し訳ありませんけれど」

 高一の時、衝撃を受けた瞳を思い出す。

「ピアニスト以外、興味ありませんから」

一瞥もくれずに私は外へ出た。ドレスの裾をふんずっと掴んでドシドシ歩いて行く。

「絶っっっ対、引きずり戻してやる……!」

 あなたが『弾くことを、やめさせる』なら、私のピアノは『もう一度、弾かせる』で、あってほしい。

 だって。

 情熱だけが、私の取柄でしょう?

(完)

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短編集 御伽切草 @otogiri-sou000

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