第15話

「命令、ですか?」


「あぁ。」


今まで、勇者さまが私に命令を出したことなんて一度たりともなかった・・・。


「お前は、今まで自分の意志で俺を守って来たな。」


「はい・・・」


「だが、今回は違う。命令だ。俺を守れ。」


「えっと、それは今までと何が――――」


「俺が、戻れと言うまであの魔獣と戦え、俺に近づけるな。」


不敵な笑みを浮かべる勇者さまと対照的に今の私の顔は、納得したようでしていないような複雑な表情をしていると思う。実際、内心はその通りだ。


「・・・強いて言うなら、お前が逃げないための命令だ。あの獣人が強く、もしも、お前が死ぬ状況下におとされても俺を守れ。・・・これで納得したか?」


「・・・・・勇者さま。」


淡々と言葉を述べていく勇者さま。しかし、私は、勇者さまが自分本位な命令を出すなんてあり得ないと考えてる。

だからこそ、勇者さまにはなにか考えがあるのではないのか・・・・。

でも、勇者さまに考えがあるとしても、私はこれだけは言いたい。そして、理解して欲しい。


「なんだ?」


「無理して、命令なさらないでください。それに私、勇者さまを置き去りにして逃げるような軟弱ものではありませんし、裏切ったりもしません。」


勇者さまの異変には真っ先に気づいた。昔から見てきたから・・・。人の役に立ちたいと心の底から願っていたのに、今は裏切られ、復讐心で心を保っている状態。そんな状態で私が裏切らないとすぐに信じることはできないだろう。


でも、言葉にしない限り伝えたいことは伝わらない。だから、私は言葉にした。


「別に、無理はしてない。本心だ。・・・・それで、やるのか、やらないのか、どっちだ。」


私は、勇者さまの質問に少し笑みがこぼれた。言葉から優しさを感じたから・・・。だからなのか、少しからかうような質問をしてみたいと思ってしまう。


「命令、じゃないんですか?」


「・・・・・・・・。」


勇者さまはあまり顔には出さないが、視線が一瞬、泳いだ。内面では少しだけ悔しがっていると私の勘は告げる。そんな勇者さまだからこそ――――――


「仰せのままに・・・。」


私は、膝を突き、命令に従う。


===


「・・・これも使え。」


勇者さまが差し出してきたのは、私のもう一本の愛刀。しかし、これは勇者さまに万が一があった時のためのもの。私が使っては元も子もない。


「いえ、これは―――――」


「お前が、守ってくれるんだろ」


「・・・!!」


初めてのことだった。勇者さまが、信用に近しい言葉を送ってくれるのは・・・。その言葉は、私に勇気をくれる言葉でもあった。

だからこそ、私は元気な声で返事をした。


「・・・はいっ!」


私は、刀を受け取り、勇者さまに一礼すると怪物になった獣人の方へ振り返ると同時に、さやから刀を抜き、戦闘態勢に入る。律儀に待っていたのか。いや、動けないと言った方が正しいのかもしれない。まだ、身体がなじんでいないようにみえる。


「待たせたわね、獣人。第二ラウンドの開始よ。そして、殺してあげる。」


グル ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!!!!!!!


私の言葉に呼応するかのように獣人は叫ぶ。


「私はね、刀が一本だろうが二本だろうが実力はあまり変わらないと思ってるの。でも、相手をする方は違うみたい・・・。」


私は、一気に獣人の正面へと距離を詰め勝負を決めにかかる。これくらいの不意打ちは対応できると言わんばかりに、獣人は私に腕を振り下ろす。しかし、私は防御も攻撃もしない。今ではないから。

その攻撃をすかさずかわす。獣人も私を追いかけるように攻撃を続けてくる。地面がわれそうなほどの攻撃を私は、躱して、躱して、躱しまくる。そんな中、重心がずれた攻撃が襲ってきた。私は、好機と思い、その攻撃をいなす。すると、獣人は一瞬だけではあるがバランスを崩し、隙ができた。そんな一瞬の隙を私が、見逃すわけもなく、獣人の視界から消えるかのように横腹へ回り込んだ。確実な、隙をつくることこそが一撃で決めるコツとなる。


「はらわたを、みせなさいっ――――」


横腹から横一直線に刀を入れる。獣人の腹からは、前の怪物のような緑色の血ではなく、赤い人間と同じ色をした血が流れる。攻撃は、確実にヒットした。


しかし、れているている気が全くしない。


「っ・・・硬い。」


そう、最初に戦った怪物と同じくらいに硬い。獣人を見るとあの時の怪物と同じく腹に浅く切り傷ができているだけだった。当然、これでは殺せない。しかし、考えはある。


弐小太刀ふたつこだち――――――乱閃らんせんっ!!」


あの時は、身体に傷をつけるだけで終わってしまった。そして、勇者さまがとどめを刺した。あれは、私にとっていい一つの答えだった。

その場から消えた私を必死に探そうとしている獣人の姿がある。目には見えない速さまで加速した私は、獣人の身体に複数の傷をつける。そして、一通り、傷をつけ終わったところで一息入れもう一回、私は、技を繰り出す。


弐小太刀ふたつこだち――――――重ね刃かさねやいばっ!!!!」


勇者さまがくれた答え、質ではなく量で攻めていくこと。1回目の切り傷に何回もの刃を入れていく。

私は、そこらの男や騎士団よりは強いが、女の私ではやはり力が劣る。だからこそ、私の戦闘スタイルは速さと数を重視している。私は順調に切り傷に刃を入れ、深い傷を負わせる。


順調に思えた次の瞬間、私の身体に強烈な痛みと衝撃が走った。


「・・・カッ!!」


気づいた時には、私は、岩壁に叩きつけられていた・・・。


何が起こったのかと思いつつ、立ち上がる。

その瞬間、ポツンッと一雫、私から地面に液体が垂れた。何かと思い、見てみると赤く鮮やかな色をした液体だ。で何処どころである口元を手で拭うように確認してみる。手についたものもやはり赤く鮮やかな液体。そして、ようやく気づいた。この液体は私の血だと言うことを。


「久しぶりに自分の血を見たわ。」


私は、今起こったことを頭に思い出す。


私は、確かに獣人がとらえられない速さまで加速し、傷口をなぞるように刃を入れていった。しかし、途中の刃は先読みされた。私の剣筋を見えないはずなのに・・・。獣人は、急所以外の傷口をもう一度私にすべて切らせた。代わりに急所に腕を設置し、ただ、待ち、そして私が、急所を狙った瞬間、その剛腕を振り下ろした・・・。ただそれだけのことだった・・・。


私の今の攻撃は大半の魔獣は殺せるだろう・・・。しかし、殺せなかった。その理由はやはり単純に、他の魔獣よりも知能指数や学習能力が高いから・・・。


そして、ここで一つの確信ができた。コイツには最初の怪物などの魔獣のような数では通じないということ。私が劣る質でなければコイツを殺すことができないことを・・・。


そんな、現実を突きつけられようと私は、無理だとは全く思わなかった。むしろ、私の中の闘争本能が呼び覚まされた。


「なら、質では勝負してやるわよっ!」

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天職が勇者だった僕は、裏切られ殺人鬼と化す 夜月 秋朝 @yoruduki-syuasa

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