第33話 帰り道 二

「え~っと、つまりどういう事になるのかな」


 平助の問に、林太がこたえる。


「まず、大いくさで傷ついた者の御救い村があった。最初はおそらくただの村だったが、手入れしなかったのかいつの間にか森になった。そしていつの頃か変な奴等の棲家に変わってしまってた。そしてそれを知ってか知らずか寺社奉行が何故かそいつらが出てこないように結界を張った。そしてその結界の見張りとして、クラ殿が頼まれた。頼んだのは瀬月様だろう。城下町の近くでもなく、東の郷の上村、中村、下村でもない、あんな不便なところに小屋があるのはそのせいだろうな」


「ところが何かの拍子に結界が切れていた。そこをたまたま、わらわ達が気づき入ったというわけじゃ」


「そして、結界があるのを気づかれたと、クラ殿は瀬月様に伝えた。それも姫様にだとな」


「だから無かったことにしようと、森への入り口は寺社奉行が結界を張り、作事奉行がクラの小屋は無くし、おそらくクラは爺に頼まれて何処かへ雲隠れしたのじゃろう」


「おっさんは知っていたとして、眞金さんは知っているのかな」


「なんとも言えぬが、おそらく知らぬじゃろう。爺はひとつひとつ違う者達に仕事させることによって、何をしているのか分からぬ様にしている。つまりすべては爺が知っているという事じゃ」


「それでどうするのです」


 林太の言葉に、さくら姫の足がぴたりと止まった。ふたりはあぶなくさくら姫にぶつかりそうになる。

そうなのだ、だからどうすればいいというのだろう。今のところ誰も迷惑もひどい目もあっていないのだ。


 たださくら姫の好奇心、いや野次馬根性の方が合っているか。それだけで動いているのだ。

 あの化け物は手を出さない、もしくは出せないから結界を張っているのだろう。

 藪をつついて、そのせいで周りに迷惑をかけては意味がない。

 ここらが止め時であろうか。たしかにひどい目にあったが、それはたまたまであり、ある意味自らのせいなのだ。


 先ほどまでの勢いのある足が、急にとぼとぼとした足どりに変わってしまった。それでも城には帰ることになる。


※ ※ ※ ※ ※


  さくら姫の住む参の曲輪に近い東門に着くと、林太が門番に声をかける。

 いつもなら直ぐに通れるのだが、この日は違った。


「しばらく御待ちください、まもなく御迎えが来ます」


「迎えとは」


しばらくすると裃姿の初老の男がやって来た。


「おかしら」


「お奉行」


 迎えとして来たのは、書物奉行所の奉行黒岩重吾郎重勝くろいわじゅうごろうしげかつであった。


「お帰りなさいませ、姫様」


 うやうやしく頭を下げる黒岩に、さくら姫が尋ねる。


「書物奉行の黒岩殿、大義である。して、迎えとはいかなることじゃ」


「さて、某にはなんとも。ただ、参の曲輪にて瀬月家老頭がお待ちです」


 三人は、げっという顔をした。黒岩はかまわず道行きを案内する。


「どうします姫様、瀬月様は怒っていると思いますよ」


「心配するな、わらわ達は城から出ておらぬ」


「城下町までは城だっていうやつてすか。とおりますかねぇ」


 林太の心配をよそに黒岩にうながされたまま参の曲輪に向かい、謁見の間に着く。

 そこにはこちらも裃姿の瀬月が仁王立ちで待っていた。

 さらには御年寄のきさらぎ、補佐のみなづき、中年寄のおしの、女子衆四十八女英組、佳組、美組の組頭と総組頭のおたかもいた。


 謁見の間に入るさくら姫と、入り口に控える平助と林太。

 部屋の中はぴりぴりとした空気で、女子衆は緊張のあまり顔の血の気が引いていた。耐えられているのは、きさらぎとみなづきくらいである。そんな中をさくら姫は歩み進む。


 瀬月を通り越しいつもの席に進もうとするが、それを瀬月に止められる。


「瀬鳴弾正が娘、さくら殿。上意である」


上意


 この言葉に皆がぎょっとした。瀬月が懐から書状を取り出し読み上げる。


「瀬鳴さくらは、本日より参の曲輪および四の曲輪より出ること禁ずる。城代家老頭 瀬月裕次郎義勝」


 読み上げた後、書状をさくら姫に見せる。瀬月の花押も入っている正式な公文書である。

 つまりこれを破ればさくら姫とて処罰はまぬがれないのだ。さすがにさくら姫も立ち尽くした。


 だが、これだけではすまなかった。


 瀬月は懐より、もうひとつ書状を出し読み上げる。


「書物奉行所与力、高見平蔵、さくら姫付きを外し弐ノ宮務めを命ずる。同じく高見林太郎、さくら姫付きを外し、尾張城付き近習衆の助を命ずる」


その言葉に、平助と林太が硬直した。

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