第32話 帰り道 一
元秋屋のある裏通りから、白邸城はそれほど遠くない。店の裏口から出たさくら姫は、足早に城に向かっていた。
あとから追いかけてきた平助と林太が追いつき、さくら姫の両側を少し下がって並び歩く。さくら姫に何かあったとき平助は前と右、林太は後ろと左を守るために気配りをしている。
「姫様、急にどうしたのてす」
平助の問いに、さくら姫は返事をしない。かわり林太がこたえる。
「おそらくクラ殿の小屋を無くした者に心当たりがあるのだろう」
「無くしたって誰かがやったの。 りん
さくら姫の方を見るが、相変わらず無言のままである。たぶん間違いないないだろうと林太は自らの考えを平助に言うことにした。
「いいか、俺たちがクラ殿の小屋に行ったのは、昨日の真夜中だったな」
「うん、そうだね」
眞金を背負って行き、そのあと黄昏の森でわけの分からない奴らに追われ、クラを背負って小屋に戻り、ようやく帰れたと思ったら真夜中にまたクラの小屋まで走った日だ。さすがの平助もへとへとになり泥のように眠ったのを覚えている。
「いっぽう、眞金様は行ってきたら小屋が無かったと言った。今が八つ刻だから、それを知ったのはおそらくお昼の一刻前くらいだろう。誰も知られずということはそれをしたのは夜、となれば一日もかからずに小屋を無くしたことになる」
「眞金さんの見間違いとかじゃないかな」
「それはないだろう、じっくりと話して人となりを知っている訳ではないが、さっきの話しぶりと周りの人達の評判からするに、頭がきれて、真面目な方とみてよい」
「そっか、じゃあ本当におっさんの小屋が無くなっているんだね」
「つまり一日足らず、いや、おそらく一晩で小屋を無くしてしまったのじゃ」
林太の考えに、さくら姫が口をはさんだ。
「林太、話を続けよ。わらわも考えをまとめたい」
「は、では続けます。平助、クラ殿の小屋を一晩でばらばらにしてどっかに持っていく事はできるか」
「ええー、無理だよ。小屋といってもそれなりに大きいから、俺ひとりじゃ無理だよ」
「そうだな、つまり沢山の人がいる。それも小屋をばらばらにするのに馴れた人がな」
「あ、じゃあ職人を沢山抱えているどこかの親方がやったんだ」
「よい考えだがだがまだ足りんな、後ろ暗いことがなければ昼間に堂々とやればよい。だが夜中に人知れず事をおこしたんだ、そこらの親方連中ではできないぞ」
「となると、手慣れた連中で人知れずに夜中にやることができるのが大勢がいる奴等ならできた、ということかな」
「うむ、よい筋道じゃ」
「姫様はお心当たりが、おありですか」
「おそらく作事奉行の連中と見当しておる、林太はどうじゃ 」
「おなじです。ひょっとしたら俺たちの知らぬ奴等がいるかも知れませんが、おそらく間違いないかと」
白邸領には五つの奉行所がある。
城下町を守る町奉行所
領内の年貢や治安を守る勘定奉行所
そして寺と神社を管理する寺社奉行所
ここまでは、大抵の藩にある。白邸領ではさらに
土木作業を司る、作事奉行所
領内のすべてを記録する書物奉行所
があるのだ。
ちなみに平助と林太は書物奉行所に属している。
「作事奉行所の奴等ならクラの小屋くらい、ひと晩でばらばらにして、無かったことにするのは造作もないことであろう」
「なんで作事奉行がそんなことするのさ」
「森への小道と同じだ。無かったことにしようとしている」
「おっさんは。 クラのおっさんが黙っていないだろう」
「納得ずくならどうじゃ。 クラも無かったことにしようとしていたとしたら」
「クラ殿が納得ずくだと何故思うのです」
「林太はクラの強さを知らぬからな。たとえ寝込みを大勢で襲ったとしても、ただではやられんぞクラは」
林太はそれほど強いのかという顔をして、平助をみるとこくんと頷かれた。
「それともうひとつ。納得ずくなら分かることがある。クラは爺と知り合いであり、さらに今でも繋がっていると考えられる」
これにはふたりとも、ぎょっとした。
「瀬月様とクラ殿が、どう繋がるのです」
「爺もクラも、大いくさにいっておる。おそらくそれからのつき合いであろう。クラの打った刀が藩主様に献上されたのも、爺が関わっているのなら納得できる。爺から父上に渡り、父上が藩主様に献上したのだろう」
たしかに尾張藩の筆頭家老である瀬鳴弾正からなら、藩主様にまで届く話である。それで鍛冶屋蔵人の名が上がったのなら、クラは瀬月には多大な恩があることになる。
「なるほど、得心しました」
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