第31話 秋康之進と眞金泰成 三
「さっきも言ったが、さらという娘はたしかに居たが、去年くらいに辞めてしまったので、今はどうしているか分からないんだよ」
「そうてすか、なんとか繋ぎをとれませんかね」
「さぁて、何処に居るのかわからないから来るのを待つしかないねぇ。眞金が御執心の娘なら会わせてやりたいが」
元秋がにやりとしながら眞金をみる。
「あくまでも御用の筋です、決して他意はありませんぞ」
「しかし私が知る限り眞金が女に興味を持つのははじめてみるからねぇ。好みであったのか 」
元秋の問いに、襖向こうの六人も興味津々となった。
「お戯れを。たしかに総髪で首辺りまでの長さの髪、色は白く、顔はまあ小町といってよいかと思いますが」
襖の向こうで、さくら姫がにんまりする。他の五人もからかうようにさくら姫を見る。
「しかし、若いというか幼すぎます。背丈からすると十二、三くらいの歳でしょう。そのような子供に懸想などしませんよ」
誰がちびっこいじゃ、と怒鳴りかけたがなんとか口をつぐんだ。
ちらと見ると、平助、林太、座長が肩を震わせながら笑いを堪えている。さくら姫は直公の方に手を伸ばし、ハリセンをよこせと目で言うが、直公がいけませんと首を振る。
仕方なくいちばん近くにいた平助の頭を小突いて気を落ち着かせた。
「さらは、たしか今年十七だったはずだぞ。あの娘は気が強いから、そんなこと言うと怒らせるから言わないでおきなさい」
「十七ですと、あれでですか。とてもそうは見えませぬ」
「そんな事を言うとへそを曲げて嫌われるぞ、当人には言わないでおくれよ」
もう遅いわ。さくら姫の心の声は、今日三度目の怒声をあげた。
「いや、あの娘に会いたいというか訊きたいのは鍛冶屋のことなんです。先ほど話を訊きに行ってみたら、鍛冶屋が無くなっているんです」
「なくなっているとは、どういう事だね」
「文字通り、鍛冶屋の小屋が無くなっているのです、跡形もなく。だから何か知ってはいないかと……」
「なんじゃと 」
女子の驚きの声とともに、襖が音をたてて勢いよく開いた。眞金は吃驚してそちらを見ると、襖を両手で開け大の字のような姿勢の小柄な町娘と、手代風の若い男が二人、堅気ではなさそうな親方風の男、そして部屋の奥には縛られて猿ぐつわをしている爺さん、そして子供。
誰かいるという気配はしていたが、こんなにもいて尚且つ何をしているかひと目で分からなかったので、眞金は混乱した。
「眞金、今の話は本当か。クラの小屋が無くなっているじゃと」
「誰だお主、見知らぬ小娘に呼び捨てにされる覚えはないぞ」
「そんなことはどうでもいい、クラの小屋が無くなっているのは間違いないのじゃな」
「ああ。ってお主、さらか。元秋様、どういうことです、いるではありませんか」
「うるさい眞金、黙っておれ。 平助、林太、昨日行ったとき間違いなく小屋はあったのか」
元秋に問い詰める眞金を無視して、さくら姫は平助達に問い詰める。
「間違いありません、クラ殿はいなくて心張り棒はかけてありましたが、小屋はありました」
林太の返事を聞いて、さくら姫は右手の親指を噛みながら部屋の中をうろうろして考え事をはじめる。
眞金は呆気にとられながらそれを見ていたが、我にかえり、ふたたび声をかけようとするがそれより早くさくら姫が、
「平助、林太、城に戻るぞ」
と言うがはやいか、部屋から出ていく。二人は慌てて追いかける。
その姿をみて眞金も追いかけようとするが、部屋に上がるのを元秋がとめたので逃してしまった。
座長たちも面倒に巻き込まれてはたまらぬと、典翁を担いで奥に引っ込み、裏口から裸足で逃げ出す。
あとに残ったのは元秋と眞金。
「秋様、いったいどういう事なのです。 さらはいるではありませんか。しかも城に戻るとはどういう事なんです。それにあの者達はなんです、なぜ縛られていたのです」
取り調べをしかねんばかりの勢いで、眞金は元秋に訊く。。
元秋康之進はこの状況をさてどう誤魔化そうかと頭を抱えてしまったが、後先を考えたうえで正体を話すことにした。
「なんと、あれが巷で噂されているさくら姫でしたか。秋様とはどのような間柄で」
「さきほど雨乞いの話をしたであろう。あれをなされたのがさくら姫様なのだ。そしてこうして元秋屋を営んでいるのも姫様のおかげでな。ゆえに私は姫様の助けをすることを信条としているのだ」
そのあともさくら姫と関わってからの
「わかり申した。御立場を踏まえたうえでお訊きします、鍛冶屋のクラの小屋が無くなっていることは知らなかったのですね」
「ああ。姫様のあの驚きようなら間違いなかろう」
眞金は何事か考えると、元秋にいずれまたと挨拶をして店に戻っていく。
女子衆の踊りを見て大はしゃぎをしている田中と仏頂面の大田を見つけると、むんずと襟をつかんで外に出る。
「御役目の最中であるぞ、しっかりせんか」
滅多に怒らない眞金が叱りつけたので、ふたりは恐縮ししゅんとなるのであった。
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