第30話 秋康之進と眞金泰成 二
元秋屋は三つの広間に分かれていて、一つは女物の着物を扱っており、一つは簪や草履などの小物を扱っている。あとの一つが飲み食いをする席となっている。
その席のいちばん奥に小さな舞台があり、そこで店の女の子が芸、といっても拙い遊びのような芸なのだがそれを披露している。
「あんな芸で銭をとろうってんだから、嫌なんだよ。芸ってのはさ、そいつの人生をかけて磨くもんじゃないのかよ。だから、けしからんのだ」
「そういうのを観たかったら城外にある芝居小屋に行けばいいじゃないか。ここはそうじゃなくて、真面目に真剣にやっているのを応援するのが楽しみなんだからさ」
太田の言葉に田中が言い返す。どうやら太田の不満はそこにあるらしい。
そうこうしているうちに席には茶と団子が届き、舞台上には五人の娘が現れ、挨拶のあと踊りをはじめた。
「よっ、待ってました。けいちゃん、みよちゃん、おかねちゃん、はなちゃん、おうめちゃん、頑張れー。あ、ゆいちゃん、ともちゃんとゆきちゃんは今日は出ないのかい。 たかちゃんとなおちゃんとじゅんちゃんとももちゃんはお昼前の舞台だったの。あとそれから……」
田中が舞台に向かって手を叩きながら、ゆいに声をかける。
まさかこの男、店の娘全員の名前を憶えているのではないだろうなかと、舞台の娘達に満面の笑みで観ている田中を見ながらさくら姫はそう思った。
※ ※ ※ ※ ※
店先を覗くのをやめて奥に戻ると、平助達が息を殺しながら隣の部屋に聞き耳をたてていた。
その傍らには典翁が猿ぐつわをされて座っており、直公が隣に座っている。
「どうした、なにがあったのじゃ」
さくら姫が小声で問うと、平助が口に人差し指を立てて静かにという合図をして、ふすまの方を指差した。
「……まさかこのような所で御会いするとは思いませんでした」
隣から眞金の声が聞こえてくる。
「秋様とは役目は違いましたが、いろいろと御言葉をいただき大変助けられまして、感謝しております。武士をお辞めになられたと聞いた時は、何があったのかと思い悩んだものです」
「御主にはえらそうに言ったが、私は武士に向いてないとずっと思っていてな、あるきっかけがあって辞める決意をしたのだよ」
「なにがきっかけだったのです」
「……一昨年の日照りを憶えているか。 領内だけでなく、藩のどこも水不足で大変だったのを」
「憶えています。拙者は寺社奉行として、領内の寺と神社に、念仏や祈祷をするようにいってまわってましたから」
「城内で雨乞いをしたのは知っているかい」
「聞き及んでいます。なにか大きな雨乞いだったとか。それが効いて雨が降ったのだと」
「それをやったのは城の女子衆でな、それを見たとき、ああ私がやりたいのは女子を引き立てる事なのだと分かったのだ」
元秋の言葉に眞金は仰天した。
襖越しに聴いているさくら姫は、自分が来るまでどんな話をしていたか林太に尋ねた。
「まだ話し始めたばかりです。というのも眞金様は元秋様に上座に座るように、元秋様は眞金様に座るように譲り合いをしていて、じゃあ縁側で並んで座ろうとなって、やっと話をはじめたのです」
「典翁は何故縛られているのじゃ」
「我々がここにいる事を知られたくないですからね。一番おしゃべりの典翁に猿ぐつわをして縛りつけました」
なるほどとさくら姫は得心した。典翁を見るとじたばたしているが、直公がちゃんと見張っている。つくづく気のきく子だと感心した。
「女子ごときの為に武士を辞めたのですか」
眞金の責めるような口調に、元秋は諭すように答える。
「のう眞金、戦の無い世になって久しいであろう。武士というのは戦がなければ無用の長物だ」
「そんなことはありませぬ、民草をまもり世を乱すものを成敗する。武士は必要であります」
「うむ、お前らしい考えだ、私もそう思う。民草をまもりたい」
「でしたら何故に」
「私はな、天下泰平というのは女子が明るく楽しく生きていける世の中だと思うのだよ。米の不作だとか世が乱れるとかになると、まっ先に女子は口べらしの為に売られる。ひどいときは間引きされたりもする」
眞金自身、そういうことに覚えがあるので黙りこむ。
「城内の雨乞いをした女子衆はな、皆笑顔であった。明るく楽しく踊る姿を見た男衆も笑顔になっていてな。それを見たとき、ああ泰平の世とは女子衆が幸せな事なのだと悟ったのよ。その時に決めたのだ、城内に居ては武士ではやれぬ、元々武士であることに心のどこかで違うと思っていた、だから武士を辞めよう、やめて女子を引き立てる事をしようとな」
「武士では出来ませぬか」
「何をやるにしてもやはり家柄や体面、格式などが邪魔になるのでな。商人の方がやり易いのよ」
眞金は元秋の言うことを解ろうとしたして、しばらく考えたが、
「やはり拙者には解りませぬ。ですが秋様が為さることです、正しいのでしょう」
「無理して解ろうとしなくてもいいよ、いつか解るようになるさ」
康之進は微笑んだ。
「話を戻すが、なぜさらという娘を探しているのだい」
「ああそうでした、此方に伺ったのは二つ訊きたいことがありまして、その一つがさらという娘に訊きたいことがあったからです」
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