第29話 秋康之進と眞金泰成 一
「ええい、だから何度も言わせるな、さらという娘を出せというのだ。 いないはずは無いんだ、一昨日会ったばかりなんだぞ 」
元秋屋の店先に三人の役人が来ており、ひとりが先程から騒いでいる。もう一人は物珍しそうに店の中をじろじろ見ており、あとの一人は鼻の下を伸ばしながら娘達に愛想を振りまいている。
さくら姫は部屋に皆をおいて、独りで物陰からその様子を見に来ていた。平助がついてくるといったが、元秋屋は建前上
「お待たせしました、手前が主人の元秋屋康之進でございます」
「おお、貴様が主人か。我らは寺社奉行所の者だ。この店に、さらという娘が居るであろう。用がある、さっさと呼んでこい」
横柄な物言いだが、康之進は気にもとめず静かに言葉を返した。
「お役目御苦労様です。さら、という娘は確かに店に居りましたが、それは去年のこと。今は居りません」
「そんなはずはない、一昨日会ったばかりだぞ。 女子なのに袴を履いて男のような格好をして、生意気で可愛げの無いちびっこい奴だ」
誰がちびっこだ、とさくら姫は思わず叫びそうになったが我慢した。
大きく息をして気を落ち着かせると、あらためて騒いでいる役人をみた。やはりあの時の三人であった。
三人の中で二番目に背が高く、ひょろひょろっとした肉付き、顔は常に不平不満があるような顔をしていて、狐っぽい。たしか太田とかいったな。
「あら、姫様。こんなところで何していらっしゃるのですか」
後ろから声をかけられ吃驚し、振り向くと見知った娘がいた。
「なんじゃ、ゆい か。驚かすでない」
ゆいは、さくら姫付きの女子衆、
女子衆は全部で四十八人おり、英組、佳組、美組の三つの組に分かれている。ゆいは英組の組頭で、今は元秋屋の番頭格でもあるのであった。
「ちょうどよい。ゆいよ、あの者達を知っておるか」
ゆいも物陰から店の中を見ると、役人が三人居るのに気がついた。
「ああ、ひとりは初めて見るので分かりませんが、二人は分かります。おーたとたなかですね。二人ともうちの馴染みです」
「なんと」
どおりで太田は、元秋屋のことを知っていたわけだとさくら姫は思った。
「おーたはよく来るのですが、なにが面白くないのか、娘達を見ては けしからんけしからんと文句ばかり言っているんです。だから皆、嫌っております」
「もうひとりは 」
「たなかですね。あちらはまあ……、悪い人ではないんです。うちの店は飲み食いしながら娘達の踊りや鳴り物、唄を楽しむ処でもあるんですが、お客さんがそれぞれ贔屓の娘がいるんです。それで贔屓同士で揉めたことがあったんですが、その時たなかが仲立ちまして収まったことがあるんです」
「ほう、なかなかやるな」
「その後が困ったんですよ。我らが揉めると贔屓の娘達に迷惑がかかる、だから我らで組と決まり事を決めよう。なんて言って、お客さんで贔屓仲間を作り、その頭になってしまったんです。お陰で娘達も安堵したので、店の方から御礼を出そうとしたんですが、受け取ってくれなくて、贔屓しないでくれ、某は唯の客だからってね。だから扱いに困っているんです」
ふうんと返事しながら、田中を見る。自分と同じか、もしかしたら低いかもしれない背丈で、狸を思わせる体つき。今は鼻の下を伸ばしてかなりだらしない顔つきだが、普段ならちょっとだけだらしない顔つきだろうと思う顔だった。
「あとのひとりは知らぬのだな」
「ええ、初めて見る人です」
眞金は初めてか、店の中をずっと物珍しそうに見ている姿からそうだろうなと思った。
だが、太田と元秋のやりとりが埓が明かないとみたのか、太田のかわりに元秋に話しかけた。
「御主人、御初にお目にかかる。拙者は寺社奉行所の奉行をしている眞金と申す者だ」
「これはこれは御丁寧に。元秋屋の主人、元秋康之進といいます」
互いに礼をして頭を上げ顔を見ると、互いに妙な顔をした。
「……もしかして秋康之進さまではありませんか」
「久し振りだな眞金」
「やはりそうですか、ご無沙汰をしております」
眞金は直立不動の姿勢になると、直角に腰を曲げ挨拶をした。
「武士を辞められたと伝え聞いた時は、心底驚きました。まさかここで御会いできるとは……」
礼を尽くす上司の姿に太田は仰天した。ひょっとして不味い事をしてしまったのだろうかとあたふたしはじめる。その様子を見た元秋は、
「眞金よ、いや眞金さま。ここでは何かとまずいようだ、奥で話しましょう。おおい誰か居らぬか」
元秋の言葉にゆいが応え、さくら姫に一礼して店先に出る。
「おお、ゆい。私はこちらのお役人様と話があるので奥にいく。お供の二方をもてなしてやってくれ」
はい、とゆいが応えて、太田と田中に近づき席に案内した。
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