第28話 典翁の噺 五
「御一同様、お楽しみいただけましたでしょうか」
汗だくになった典翁に皆が拍手をしながら褒め称える。
「いやいや楽しかったぞ、典翁、腕を上げたな」
「佐武郎が魔に堕ちていたとはねぇ」
「義仲との別れが悲しかったー」
「佐武郎と義仲の物語、しみるねぇ」
口々に話すさくら姫達に典翁が頭を下げ、礼を言う。
「楽しんでいただきありがとうございます、それでは本日はこれにて」
バシッ!!
絶妙の間で典翁の後ろ頭を直公が叩く。
「肝心の大いくさの話はどうしたの」
直公の言葉に皆が、あっと思った。
「そうじゃったそうじゃった、それを聴くのが目当てじゃったわ」
話に夢中になり、皆がすっかり忘れていたこの中で唯一、いちばん幼い直公だけが覚えていたのに一同が赤面する。
大いくさの噺を聴きたいが、もうかなり長い刻が過ぎている。皆も一服したいので、とりあえずお茶を飲むことにした。
元秋が呼んでお茶を運んできた手代に時分を訊いたところ、お昼を少し過ぎたくらいだという。どおりで店先から賑やかしい音がしていた。
ならばということで元秋の好意で皆に昼餉として小ぶりの握り飯と吸い物を振るまうことになった。
さくら姫には別の物を用意しようとしたが、同じでかまわないというのでそれをだす。
そしてそれを林太が受け取ると、
「元秋様、気を悪くされませぬように。これも役目なので」
元秋にことわると、銀の箸でさくら姫の膳を毒味する。箸は変色しなかった。
「元秋がそんなことする訳なかろうに。林太は生真面目すぎるのじゃ」
「いえいえ、与えられた役目をちゃんとこなす。そうでなくてはいけません。もっとも私がさら様にそのような真似をする訳ありませんがね」
元秋屋康之進は笑いながらこたえた。
※ ※ ※ ※ ※
皆で昼餉を食べ終えお茶をすすりながら、先程の噺について語り合う。
「小津野家と雁木家はその後どうなったのじゃ。尾張の話なら聞き及んであろう」
さくら姫の問いに元秋屋康之進と林太がこたえる。
「藩の公文書には、小津野佐武郎と雁木義仲によって諸国といくさをしながら併呑し、神皇様を奉り天下統一を目指しましたが、佐武郎が謀反を起こし大将軍義仲に討たれたとあります」
元秋に続いて林太が話す。
「白邸領の公文書も同じです。典翁の噺は下々の者による与太話として聞いたことはありますね。ただ魔人や魔人皇がいたという証しは見たことも聞いたこともありません」
──ならばわらわ達があったのはなんだ、と言いかけて口をつぐんだ。
白邸領で一番上の瀬月老中頭がそれを隠そうとしているのだ、平助や林太はともかく一座を巻き込むわけにはいかぬと自重した。
「魔人、魔人皇はともかく、[人にあらざるもの]の話は聞いたことはないか」
さくら姫が座長と典翁、直公に訊ねると、三人は顔を見合わせる。
「まあ、無いこともありませぬが、会ったことはありませぬな。何しろ[人にあらざるもの]ですから見ることも触ることもできやしない」
座長がそう言ったあと、典翁が思い出しながら言う。
「旅をしていますと、道中で野宿をすることがあります。暗闇の中、人の気配は無し。そういったところで何やら怪しい気配はする、妙な声とも鳴き声とも分からぬようなものも聞こえる。いったいあれはなんだろうというのはありますな」
典翁の話は要領を得ず信じきれないので、さくら姫は聞き流す。一番幼い直公にいたっては、早くに寝るので知らないという。これといった話は聞けなかった。
がっかりしていると座長が問いかける。
「姫様、どうしてそのようなことを訊きたいのです」
これには林太が代わりに答えた。
「座長も知ってのとおり、姫様は幼少の頃に巫女の修行をしています。それゆえ白邸領の神事で巫女舞をするのですが、このたび[破邪の舞]なるものを覚えなくてはなりまして、それで[人にあらざるもの]とは何かと訊いてまわっているのです」
「なるほど」
林太の言葉に座長は納得するが、さくら姫としては、よくもまあすらすらと嘘をつけるものだなぁと心のなかで引いていた。
「となるとですな……見たことのある[人にあらざるもの]ということになりますね」
さすがにそれは無いらしく、かわりに聞かされたのは最近領内で神隠しがあるらしいということだった。
「神隠しだと」
「鵜沼渡しで舟を待っているときに聞いたんですがね、白邸領に用事で渡ったものが帰って来ない者がいるそうです。川並奉行所と勘定奉行所の連中が揉めているところにでくわしましたよ、本当に渡ったのかって」
「ふうむ。そんなことがあったのか」
さくら姫が興味を引きかけたところで典翁が口を開く。
「そういえば……」
そこまで言ったところで庭から騒がしい音が聴こえてきた。どうやら店でなにかあったらしい。元秋は様子を見てくるように手代に伝えた。
手代が戻ってくると、
「役人が来てます。なにやら人を探しているようで」
「人だと。誰だかわかるのかい」
「さら とかいう娘らしいのですが、うちにはそんな娘はいないと言っているのにきかないのですよ」
さくら姫とヘイスケ、リンタは顔を見合わせた。
「どれ、私が相手しよう。皆様ちょいと席を外しますね」
元秋は立ち上がり、手代と供に店に向かった。さくら姫は心当たりがあった、たぶんあの男であろうと。
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