第34話 鳳仙花のように 一

「爺、いくらなんでもやり過ぎじゃっ 」


「控えなさい、さくら殿。逆らうことは赦されぬぞ」


 瀬月の威厳のこもった言葉にも怯まない、さくら姫はつかつかと瀬月の前に立つ。


「だいたい、わらわはそのような事をされるいわれはないぞ。なぜこのような仕打ちをする」


「昨日、約束されました、しばらく城から出ぬと。今まで何処に行っておられたのです」


「城下町じゃ、外曲輪までは城の中であろう。だから約束は守っておる」


 さくら姫の言葉に、瀬月は黙った。林太と平助は、屁理屈が通るのか通らないのか黙って待つ。そして瀬月は口を開いた。


「なるほど、たしかに城下町までは城といってもよいですな。戦となれば外城壁を閉めて籠りますからな」


「であろう。わらわは約束を守っておる。だからこの仕打ちはやり過ぎじゃ、ゆえにに撤回を求めるぞ」


「いえ、それはなりません」


 瀬月の言葉は平淡なまま変わらない。


「上意とは殿、つまり瀬鳴弾正様の命です。軽々しく撤回は出来ませぬ」


「父上がそのような事を命ずる筈がない」


「この瀬月は家老頭にして、城代家老、つまり瀬鳴弾正様の代理でございます。ゆえに某の下知は殿の下知。さらにいえば、高見平蔵と高見林太郎は書物奉行の与力、書物奉行は某の配下。あの者たちの処分も某の一存で決められます」


 つまりさくら姫が城から出ておらぬ、約束を守っていると言うのと同様に、瀬月も横紙破りをしておらぬと言いたいのだ。

  さくら姫がひと言も言い返せず立ち尽くしていると瀬月は書状を懐に仕舞い、謁見の間から立ち去ろうとする。

 自分の横を通ろうとしてすれ違った瞬間、さくら姫は瀬月の腕を掴もうとしたがその手を逆に掴みとめる者がいた。

 いつの間にか側にいた、みなづきであった。


「はなせ、みなづき」


 みなづきの手を振り払って、去り行く瀬月を追いかけようとしたが、みなづきが後ろから腰のあたりに抱きつき、そのままさくら姫を持ち上げる。

 みなづきは抱き上げてとめるだけのつもりだったのだが、思いのほかさくら姫が軽かったのでそのまま後ろに投げるかたちになってしまった。柔術でいう裏投げである。


 びったーん、という音が謁見の間に響いた。無視して帰ろうとした瀬月もさすがに振り向く。

 そこには大の字にうつ伏せているさくら姫と、その後ろ頭を右手で押さえつけて平伏しているみなづきの姿があった。


「離せ、みなづき……」


 畳のしたからくぐもった声でさくら姫が言う。


「御黙りなさい、さくら。あなた何したの、父上は本気ですよ」


 みなづきがさくら姫の耳元で小声で答える。


「しかしじゃな……」


「お・だ・ま・り・な・さ・い」


 みなづきの右手が、さくら姫を畳に埋めこめんばかりに押さえつける。


「わかった、わかったから、みなづき、手を離してくれ、い、息が……」


「退くことが出来ないのなら、せめて止まりなさい」


「……だから……い・き・が……」


 みなづきとさくら姫を見下ろしていた瀬月は、その目線をきさらぎに向け話しかける。


「御年寄殿」


「申し訳ありません、さくら姫様の所業は女子衆の力不足の成すところでございます。どうか御容赦を」


「女子衆の事は御年寄に任せてある。如何様にしますかな」


「は、姫様の守り役を代えまする」


 きさらぎの言葉にみなづきは、ぎょっとして目を向ける。その目を見据えるきさらぎ。


「……つつしんでお受けします」


 みなづきは静かにそれを受け入れた。

 きさらぎの言葉に瀬月は頷くと静かに出ていく。出際、黒岩に平助達を連れてくるように声をかけた。


 御年寄であるきさらぎも、それぞれの組頭に今の事を他の女子衆に伝えるように命じた後、下がるようにいう。

 きさらぎ達も部屋から出ていき、残ったのはさくら姫とみなづきだけとなる。


「……みんな出ていったわ、さくら、もういいわよ」


 みなづきが頭を上げ、さくら姫に話しかけるが返事がない。


「さくら」


 様子がおかしいと思ったみなづきは、さくら姫の顔を覗き込む。


「さくら、寝ているの」


 寝ているのではない。みなづきに頭を畳に押さえられていたので、息ができなくなり、いつの間にか気絶していたのだった。


※ ※ ※ ※ ※


 ── 時はすでに夜中になっていた。ふたりはさくら姫の部屋に移り、今宵最後の仕事としてみなづきが不寝番をしているのである。


「まったく、あやうく母上に会いに行くところであったわ」


「あら、葵の君様のお顔を覚えているの」


「いや、……そうじゃな、分からないかもしれんな……。いやいやそうではなくて、みなづきに殺されかかったと言いたいのじゃぞ」


「生きているじゃないの。あなたに喝を入れて助けたのはわたしよ、言わば命の恩人なんだからそんなこと言わないの」


「元はといえば……、いや、もういい」


 みなづきの涼しげな顔で返される言葉に、なにをしても無駄だと言い返すのをあきらめたらしい。それよりも当面の事をさくら姫は考えることにした。


 正直、森の一件は諦めかけていた。なぜならそれを暴くことによって、白帝領の領民にわざいをかけるかもしれないと思ったからだ。


 だがしかし、ここまでやられるとさすがに頭に来た。領民に迷惑をかけずに森の事を暴いてやる、そして爺の鼻をあかしてやるとやる気を燃やすのだった。


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