第9話 黄昏の森に蠢く 六
「クラ! こら! 下ろせ! 返せ! 戻せ! 下ろせ!」
担がれたさくら姫は、じたばたするがクラは耳をかさない。
なんとか逃れようとするが、走っているクラの肩がたまたま さくら姫の鳩尾に入り、ぐえ、と言ったっきりぐったりする。
大人しくなったと思ったクラは足を速めたため、さくら姫はさらに何度も腹を痛めつけられることになる。
「おっさん、あ奴らの足を止めるにはどうすればいい? 」
クラに追いついた平助が、少し後ろで走りながら大声で訊く。
「両足をへし折ればいい」
「出来ねえよっ、他にはねぇのかよ」
「あてにはならんが、陽のひかりが苦手らしいぞ」
「陽のひかりって、お天道様のことか 」
「おお」
そう言われても平助には、どうしていいか分からない。
そのやり取りをきいていたさくら姫が、痛い腹と悪酔い気分を抑えながら、平助に向かい伝える。
「へ、平助……、道……、上……、枝……」
それだけ言うのが精一杯だった。
平助はさくら姫の言葉どおり目を動かす。
道の、上の、枝……
だいぶ森の端に来たらしい、木漏れ日がちらほら見える。
そうか
さくら姫の意図に気づいたヘイスケは、一気に走りクラのそばに近づく。
「おっさん、もう少し速く走れるか」
「無理、今が精いっぱい」
「わかった」
平助は走りながら懐に手をいれ、ごそごそとして目当ての物を手にすると、そこに止まり息をととのえた。
懐から取り出した袋の中は
飛礫は土で出来ているが、ただの土ではない。粘土質の土を練って固め、天日で乾かしたものである。
硬さは普通の土に比べたらかなり強く、しかも当たったら砕ける、跡形も残らないから証が残らない。
この飛礫をヘイスケは手に持ち、狙いを定めた。
道の上の枝、それも折れたら陽のひかりが道に落ちそうな所を狙う。
「破っ」
手持ちの飛礫を、すべて指弾で撃ち込んだ。
枝が折れたかどうか見定めたいが、追い付かれぬよう追っ手から逃れるためにすぐ走り出す。
平助の判断は正しく、あとちょっとで追っ手に捕まるところだった。
飛礫は枝に当たったが、残念ながら折れるまではいたらなかった──が、さくら姫達と追っ手達の足並みが振動となり、地面から幹をつたい枝に伝わり、少し間が空いて折れる。
折れた枝は平助と追っ手の間にうまく落ち、狭い道を塞いだうえに、そこに陽のひかりが降り注いだ。
枝の落ちた音を聞き、振り向くと道が塞がっているので上手くいったとよろこんだ。
「よっしゃあ」
平助の言葉に、クラは足を止め振り向く。担がれた さくら姫は大きく振り回されることになり、さらに気持ち悪くなる。
狭い道は枝葉で塞がれ、そこにはひかりの筋が降りてきている。追っ手どもは塊になって手前で立ち止まっていた。
「やーい、ざまあみろぉぃ、来れるものなら来てみやがれぇぃ」
「平助、調子にのるな。今のうちに逃げるぞ」
平助は、きょとんとするが、追っ手どもを見ると、塞がれた道を避けて草むらをかき分けてやってくる。それを見て慌てて走りはじめた。
クラはすでに振り向いて走り出している。当然、担がれたままのさくら姫は振り回されて、ふたたび肩が当たり腹を痛めることになる。
もうすでにぐったりして、抵抗する気力もないし声も出ない。只もう少し丁寧に扱えとだけ願っていた。
森の出口が見えてきて、その向こうに繋がれた馬が、呑気そうに傍らの草を食べているのが見えた。
さくら姫が乗ってきた馬の名は しぶき という。栗毛で優しそうな顔立ちで、さくら姫のお気に入りである。
しぶきは森の中からなにか来るのを感じて、警戒していた。
「平助、このまま道まで行くぞ」
「おっさん、馬はどうするんだ 」
「そんなもん、ほおっておけ」
さくら姫が冗談じゃないっ、という顔になる。
「平助」
絞り出したさくら姫の言葉に、心得たとばかりに袂から短剣を出す。真剣の方だ。
しぶきの横を、さくら姫を担いだクラが通り過ぎる。
「しぶき」
さくら姫の言葉に、しぶきは反応する。
そこに 平助が来て、しぶきを繋いだ綱を切り落とし、しぶきの尻を叩いた。
「行け、しぶき」
しぶきはクラ達を追いかけ走り出し、平助もその後を追う。追いかけてくる しぶきを見て、さくら姫はほっとする。
その油断が命取りとなり、気を抜いた腹にクラの肩がまた鳩尾に当たり、ふたたびぐったりするはめになった。
三人と一頭は陽の当たる場に出て、草叢の細道を通り抜け中村につながる道まで着く。
はぁはぁと息を切らしながら後ろを振り返ると追っ手はついてきていない。何とか逃げきったようだとクラは足をとめる。
平助は止まらずに、そのまま走っていったしぶき を追いかけていく。
「クラ、もういいじゃろ。いいかげん降ろさんか」
ようやく話せるようになったさくら姫はそう言うが、クラは降ろさない。担いだままだった。
「まだじゃ」
息を整えたクラはそう言うと、さくら姫の尻を
ばちいぃぃぃんんんん、と
「っ! …!…!…!……!!」
あまりの痛さに、さくら姫は声にもならない悲鳴をあげる。
ようやくしぶきを連れて戻ってきた平助は、それを見て同じく声にならない悲鳴が出る。
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