第43話 リングの力
「屋上で誰か人が落ちそうだ」と言う声が聞こえ足を引きずりながら人だかりが出来ているほうへ歩いて行った。沢井も後を追ってついて来た。上を見上げると顔はハッキリ下から見えないが、七瀬に間違いない。もう体がかなり出ている。今から屋上に行っても間に合わない。取り敢えずあの真下に行こう。いざとなったら七瀬を受け止める。自分が死ぬかもしれないが、オレのせいで七瀬を死なすわけにはいかない。
「沢井、何か急いで毛布とかマットとか持って来てくれ。」
「わ、分かった。」
真下に行ってすぐにキャーっと悲鳴が上がった。上から二人が落ちてくる。スローモーションのように見えた。やっぱり七瀬だ。ぜったいに支える。ここは植え込み下は土だ。助かってくれ。骨折してるかもしれないけど、七瀬を支えるのに俺の腕、頼む耐えてくれ。
落ちてくる二人を見て七瀬の下へ入った、足と手に身体中の力を入れて待ち構えたその時に何か割れる音がして、七瀬から眩しい光が出た。出たというか七瀬自体が光っている。一瞬ふわっと浮くと奏の腕に七瀬が乗った。その光で岡崎成美も一瞬止まって植え込みに落ちた。
「何が起こったんだ?」急に重くなり奏はそこで七瀬を抱えたまま尻もちをついた。
今はそんな事を考えている暇はない。七瀬の心臓に手をあてた。生きている!よかった。本当によかった。奏は七瀬を抱きしめた。よく見ると手からすごい出血をしている。周りの人達が集まって来た。
「誰か!生きています。怪我をしているので早くお医者さんを!」奏は叫んだ。
七瀬を看護師さんが運んで行き、奏はほっとして腰が抜けたようになってしまった。
「あなたも怪我してるじゃない」と言われ奏もストレッチャーに乗せられ運ばれた。ホッとしたのか奏は気を失った。
「あれ?」戻って来た沢井は小さな毛布を持って茫然と立っていた。そして「ナル!」運ばれて行く岡崎成美を見て真っ青になり付いて行った。
奏は目を覚ますと目の前に母親がいた。周りを見渡すと病室の中だった。体が痛い。
「奏!大丈夫?」
「七瀬?七瀬は?俺、何時間眠ってた?七瀬のところに行かないと。」
「あの子は彼女なの?さっき手術が終わって隣の個室にいるわよ。大丈夫、手の怪我だけみたい。」
「取り敢えず見に行く。」
俺は大丈夫だからと母親を帰らせた。捻挫した足が痛かったので、車椅子に乗ると隣の個室の前に行き「吉森七瀬」の札を確認してホッとした。ノックをすると「はい」と返事が聞こえて来たのでゆっくりと扉を開け入った。七瀬の母親が座っていた。
「大倉君?よね。七瀬の彼氏でしょ。」
「あ、はい。七瀬さん大丈夫ですか?」顔を見るとスヤスヤと寝ている。
「出血が多かったけど、大丈夫。まだ麻酔がきいて寝ているから。しばらくしたら目を覚ますと思うわ。七瀬を守ってくれたんでしょ。ありがとう。」
「いえ、俺のせいなんです。俺の事で七瀬さん巻き込んでしまって本当にすいませんでした。」
「大倉君だけのせいじゃないでしょ。ともかく二人とも無事で良かった。七瀬はまだ目を覚まさないと思うから森田君の所に行って来たら?目を覚ましたのよ。」
「本当ですか!ありがとうございます。また来ます。」
走りたかったが車椅子で暴走する訳にも行かなかったので焦る気持ちを抑えながら病室に向かった。
「冬夜!」と叫び部屋に飛び込んだ。
「うるさいよ!奏。」冬夜が座って笑っていた。周りに刑事さんもいたが、恥ずかしいも何も考えられない。ただ涙が止まらなかった。冬夜も俺のせいで怪我をして、あのままもし目を覚まさなかったらと思うと胸が潰れそうだった。
「奏も怪我したのか?大丈夫か。」
「俺の心配なんかいいんだよ。車椅子を降りて冬夜に抱きついた。」
「はは、泣きすぎだよ。」
「そう言えば吉森さんどうした?手術したんだろ。」
「さっき見て来た。まだ寝てたよ。後で一緒に行こう。」
「ああ。」
七瀬も目を覚ましそれぞれが事情聴取を受けた。それが終わると七瀬の病室に三人で集まったが二人車椅子という酷い有様だった。七瀬の母親は「一旦帰る」と言って家に戻っていた。
「森田君。良かった。もう大丈夫?」
「うん。体はまだリハビリしないと無理だけど、頭は大丈夫。」
「大倉君も大丈夫?」森田君の前で「奏」とは言えなかった。
「大丈夫。まあナイフが刺さった吉森に比べたら全然平気だよ」
奏も私が大倉君と言った時点で悟ったらしい。
「結局みんな怪我をしたけど生きてて良かったよ。岡崎はとんでも無いストーカーだったな。」
「そうだな。俺もまさか命まで狙ってくるとは考えなかったよ。まだ腕と足だけで済んで良かったよ。」
「今、岡崎さんはどうしてるの?」
「擦り傷だけなのが不思議だって刑事さんは言っていたよ。まあ吉森さんもだけど。今警察署で事情聴取を受けているって。本当だかわからないけど中学生ぐらいまでの記憶しか無くなってしまっているみたい。吉森さんのボイスレコーダーと俺の証言で、やった事は確実なのに、記憶が無いんじゃ責める事も出来ないのが悔しいな。」
「そうだな。一番ショックだったのは沢井みたいだけどな。自分の彼女が殺人を犯そうとしたんだからな。岡崎は情報を得るために近づいたみたいだけど、沢井は本気で好きみたいだったから。でも沢井の彼女が岡崎って知った時は全身寒くなったよ。」
「まあ全てにおいて奏のせいだけどな」と笑った。
「そうだね」と七瀬も笑った。
「悪かったよ。岡崎や他の人にも冷たくしすぎたのかもしれないな。反省してるよ。」
「わかればいいよ。じゃあ俺もう病室帰るわ。」
「え、もう?疲れちゃった?」
「違うけど、後はカップルで話しなよ。」
「え。」
「岡崎と争ってる時の会話が聞こえたよ。奏の物なんでしょ。」
「冬夜、俺、言おうと思ってたんだけど中々言えなくて。」
「いいよ。最初から何となくわかってたから。それに命がけで吉森さんが俺の事守ってくれたでしょ。それで十分だよ。まあ俺の傷がなくなるまで時間がかかるかもしれないけど、俺二人とも好きだからさ。その内大丈夫になるから。」
「ありがとう森田くん。」
「奏、俺のまえでイチャついてみろ、蹴り飛ばすからな。」
「ああ、わかってるよ。」
「じゃあ行く。」
病室を出ると入口の脇に百田が立っていた。
「七瀬のお見舞いに来たんだけど、深刻な話してるから入れなかったよ。ほら車椅子押してあげるよ。」
「あ、ありがとう。」
「知ってた?森田。私がずっとお見舞いに来てたの。」
「あ、母親に聞いた。ありがとうな。」
「何で来ていたかわからない?」
「え、何で?」
「自分の事は鈍感なんだね。気があるからに決まってんでしょ。今、私すっごく嬉しいんだから。」
そう言うとポロポロ涙を流してカルは森田に抱きついた。
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