第22話 野村さんのお願い

 冬夜は扉が閉まると自転車に乗りすぐ近くのコンビニに立ち寄った。

 今日は一緒に話がしたかったが疲れているのでは仕方がない。今日の吉森可愛かったなと、思い出して少しニヤけてしまった。雑誌でも買おうかと本が並んでいる場所に行くと窓越しに外が見えた。


 目の前を奏が通り過ぎて行く。


ここは吉森の家の近くだ…嫌な予感がした。急いで外に出て奏を目で追った。コンビニの前の一本道の先のT字路を右に曲がると吉森の家でその先は行き止まりだ。あの角を右に曲がった時点で吉森の家に行く事が確定になる。どうか曲がらないでくれと願ったが、奏は右に曲がってしまった。自転車に乗りもう一度吉森の家の見える位置まで行くと奏の自転車が門の前に止まっていた。そして奏はいなかった。冬夜は自転車を蹴り飛ばし、しばらく考え込んだあと少しハンドルが曲がってしまった自転車を引いて歩いて帰った。


 チャイムが鳴りインターンの画面を見ると大倉君だった。森田君が帰ってからすぐだったので、会っていないかとちょっと不安になった。

「どうぞ。誰かに会わなかった?」

「いや別に。何で?」

「え、えっと何でもない。」

 この前と同じ様に庭のウッドデッキに案内した。

「あ、これパン屋のプリンじゃん。上手いんだよなこれ。買ったの?二つあるね。ひとつ食べていい?」

 もらったままここに置きっぱなしにして冷蔵庫の中に入れるのを忘れていた。箱から取り出そうとしたので、

「あ、ごめん。これ親に頼まれて買ったものだから。」

「あ、そうなんだ。それじゃあいいや。」

「これ冷蔵庫に入れてくるね」プリンを持って家に入り冷蔵庫に入れた。これはさすがに大倉君に食べさせられない。

 買って来たお菓子とお茶を出した。大倉君もお菓子をいっぱい持って来てくれたのでテーブルの上はパーティーみたいになっている。

「なんかパーティーみたいだな」と無邪気に笑っている。こっちの気も知らないで無防備に笑わないでほしい。どれだけときめいてしまっているのか分からないだろうな。学校では見られない笑顔に自分が特別なんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。

  一通り食べてお腹が満たされた所で大倉君が野村さんのことを口にした。

「野村の具合はどうだった?」

「あ、思ったより元気そうだった。怪我が痛々しい感じではあったけど。」

「何であんな事をしたのか話は聞いた?」

「うん。聞いたよ。」

「その事は俺に関係してる?」

 警察の人から聞いたのだろうか…それとも何となく気が付いたのだろうか。どう話せばいいのだろう。気の利いた嘘も思い浮かばず黙りこくってしまった。

「黙っているって事はまあそう言う事なんだよね。話さないでって言われてるかもしれないけど、俺が関係してるんだから全部教えてほしいんだけど、どうかな?」

 そうだよね。自分が関係しているのに教えてもらえないって嫌だよね。自分だったらやっぱり気になって聞くだろうな。野村さんには内緒にしてほしいと言われたけれど、大倉君にだけは話した方がいいよね。

「言おうかどうしようかと迷っていたんだけど、大倉君に関わる事だから言う事にする。でも関わると言うよりかは勝手に周りでゴタゴタしているだけだから、大倉君は間接的に巻き込まれているだけなんだけどね。」

「え、それはどう言う…。」

「結果だけで言えば大倉君のファンクラブのいざこざ?」

「ちょっと待ってファンクラブって何?初耳なんだけど。」

「大倉君の知らない所でファンクラブがあったみたいだよ。」

「はあ?意味分からねえ。まあいいやそれで?」

「最初から話すと、まず大倉君のファンクラブって言うのがあって、岡崎さんがリーダー格で正確な人数はよく分からないんだけど、本格的に活動しているのは十人前後いるみたい。今日事情聴取に残っていた小西さんと冨田さんもファンクラブの人なんだって。もちろん野村さんもそうらしいんだけど、野村さんと小西さんと冨田さんは騒ぐのが楽しくてアイドル的に見ていたらしいんだけど、騒いでいるのを岡崎さんが知って大倉君と同じクラスだから色々情報が聞けるかもしれないって仲間に引き入れたんだって。だから別に大倉君に迷惑をかけるつもりでもなく、ただ見て騒いでいるうちは楽しかったみたいなんだけど、バレーのマネージャーのテストを落ちてから岡崎さんが急に怖くなってきて、大倉君の情報を集めろだの写真撮れだの動画撮れなど命令してくる様になって、みんなが引くぐらい異常な執着心で、他のファンの子たちがちょっと関わるのやめようとしていたみたいなんだけど、前に逆らった子がいじめにあった事があったから怖くて逆らえなかったんだって。それで野村さんも動画とか撮りたくなかったんだけど、頼まれたから仕方がなく撮ろうとしたみたいで、あの時見つかっちゃったから撮れなかったでしょ。その事で凄い岡崎さんに責められたみたいで。それで打ち上げやってどうにか近寄ろうといおもったみたいなんだけど、また断ってしまったでしょ。それでみんなに責められて怖くなって訳が分からなくなって知らないうちに屋上から落ちてたって本人は言ってた。」

「くだらねえ、そんなくだらねえ事で飛び降りたのかよ。俺が知らないファンクラブがあって勝手に人のプライベート入ろうとして失敗して喧嘩して自殺未遂。何だよそれ。こっちは大迷惑だよ。」

「まあ大倉君が大迷惑なのもわかるけど、女子ってそう言うくだらない事で虐めたり、喧嘩とかするんだよね。女の子に嫌われて本当に死にたいって思ってしまった気持ちはわからなくはないよ。昔いじめられていたから。私はメールとかで攻撃とかはされた事もなかったし、味方になってくれた先生がいたから救われていたけど、誰もいなかったらどうなっていたかわからなかったよ。」

「でもさ本来、好きだって言う気持ちって大事に隠すものじゃねえの?好きなんだけど言えないとか、まず距離を縮めてからとか。まあいきなり告白もあるけど、なんか俺の事を騒いでる人達ってそう言うのじゃないよね。

 前に女子が話しているのがたまたま聞こえた事があって「どうせ言ってもフラれるんだから遠くから見てみんなと騒ぐんだ」って言っててさ。おかしくないか?言ってもいないのにフラれるからって。だからみんなと一緒に騒いで、付け回したり急に触って逃げたりそんな事していいのかよ。」

大倉君の言う事は正論だ。だって本人の気持ちは全くの無視だもんね。初めはモテて羨ましいと思ったが、話をしている内に気の毒になってきた。そんな事を繰り返していたら人間不信になるのは当たり前だね。人に少し冷たく当たっているのは理由があったんだ。

「大倉君の言っている事はあってると思うよ。確かに追いかけ回されるのも嫌だろうし。大倉君がかっこいいからスカしてるとか勝手にそうだと思い込まれて悪口を言われたりして何にも知らないのに失礼だよね。」

「俺スカしてるって思われてるんだ。」

「あ、えっとそう言う話を聞いた事があって…あ、でも実際は違うのはわかってるから、みんなにも知ってもらいたいんだけど、私が言うと何でそんな事知ってるのって言われそうだから…黙っててごめんなさい。」

  陰でで悪口を言われている事なんて、とっくに知っていたからどうでもいいんだけど困った顔を見たくてワザと意地悪を言って見た。一生懸命で俺の言葉に顔赤くしたり、焦ったり吉森の反応が可愛いくて抱きしめたい衝動にかられた。冬夜に申し訳ないと考えながらも思いは加速している。冬夜に自分の気持ちを話さなければいけない。


「岡崎は自分がした事をバラされたらまずいんだよな。今日教室に来て野村の友達の小西と冨田に話しかけていたのは、何かまずい事を喋らない様に脅していたりしていたのかもしれないな。」

「そう。その事なんだけど、野村さんに頼まれごとをしていたんだ。」

「頼み事?」

「うん。野村さん飛び降りてしまった時に携帯電話を持っていたんだって。メールで凄いいっぱい文句言われて怖くなって、電源を切ってしまったらしくて電話は留守電サービスになっていたみたいなんだけど。お母さんに「携帯は?」って聞かれてとっさに川に捨てたって言ったらしいんだけど、警察も誰も携帯を回収した話も出なかったから、もしかしたら自分が落ちた植え込みの所に落ちているんじゃないかって。そこに岡崎さんとかとやりとりしたメールが残っていたら、証拠になって懲らしめられるんじゃないかって。それで私に携帯を探して欲しいって言ってきたんだ。誰かに拾われてしまって野村さんの携帯だってバレて岡崎さんに渡ったらメール消されてしまうかもしれないからって。」

「そもそも何で吉森に頼むんだ?」

「よくわからないけど、信用できるからだって。」

 大倉君は少し考えこんで、

「いつ探しに行くんだ?」

「今日の夜に行ってこようと思って。」

「俺も行くよ。」

「いいよ一人で。」

「危ないだろ一人じゃ。いいから言う事聞いて。」

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