第21話 疲れた。
電話を終えると、元気そうな声を聞いてホッとしたのとこれから起きる何かに不安なのとでため息が出る。
「お見舞いだから、何か買って行った方がいいよね。野村さん何が好きかな?指輪どうしよう外した方がいいかな…。」
「野村のお見舞いに行くの?」
急に後ろから声をかけられ焦って携帯を落としそうになった。
「わ!お、大倉君。びっくりした。何でここにいるの?」びっくりしすぎて心臓が痛い。
「一緒に帰ろうと思って待ってたら真剣な顔で電話してるから終わるまで声をかけなかったんだけど、野村と電話してたんだな。指輪外すって何?」
「あ、それは別に何でもない。病院へ行くのにアクセサリー外そうかなって思っただけ。」
「指輪ぐらい大丈夫じゃないか。そうだ俺も一緒にお見舞いに行くよ。」
「たまたま聞いちゃったからしょうがないけど、野村さんに病院の事を秘密にしてっていわれてるから一人で行かないと」予想では大倉君の話が出るだろうから聞かれたらまずいでしょ。
「ほら大倉君は目立つから。一緒に行ったらバレちゃうよ。」
「じゃあ外で待ってるよ。それならいいだろ?」
大倉君なんでこんなに着いて来たがるんだろう?困ったな。
「じゃあ、終わったら連絡するから、それからどこかで会うのはどう?」
「何で行ったらダメなんだよ」とむくれている。なんか可愛い。
「一人でって言われてるから、どうしたのムキになって。」
「ちょっと引っかかる事があるから。でも分かったよ。じゃあ終わるまで病院の近くで待ってるよ。どこの病院?」
「それも言わないでって言われてるから、この前パスやった公園で待っててよ。」
「分かったよ。じゃあそこで待ってるから。ゆっくりでいいから終わったら連絡くれ。」
そう言うと自転車で帰って行った。誰にも言わないでって言ってないけど、大倉君なら誰にも言わないだろう。とりあえず病院の近くでお菓子を買って受付に行き病室へ行った。
病室は七階の角の個室だった。ノックをすると「どうぞ」と聞こえたので、そっとドアを開けると、足を吊り下げられ、腕を包帯で巻かれ顔にガーゼをつけて痛々しい野村さんがいた。
「来てくれてありがとう。ごめんね。新しい携帯で電話したから知らない番号でびっくりしたでしょ。」
「うん。まあね。でも本当にすごい事になってるね。大丈夫?大丈夫じゃないよね。」
「めちゃめちゃ痛いよ。今はとりあえず鎮痛剤打ってるから落ち着いているけどね。」
「あのこれお菓子。良かったら食べて。」
「ありがとう。今食べよう。冷蔵庫にジュースもあるからコップに入れてもらっていい?」
「うん」ジュースを入れてお菓子を開け、食事用のテーブルを出してそこに並べた。
「いただきまーす。美味しいねこれ。」
病室に入る時に指輪を外したのでリングが見えるのだが、野村さんのリングの色は黄色だった。どう見ても自殺未遂をした人に思えない。
「野村さん。こんな事を言ったら失礼かもしれないけど、死のうとした人に見えないんだけど。」
「したよ自殺。でも死ななかったから開き直っちゃった。あの高さから飛び降りて助かったんだもん。もう怖いものなんてないよね。」
「そうなら良かった?良いのか悪いのか分からないけど、昨日、今日で話したく無いかもしれないけど、どうしたのか聞いてもいいかな?」
「うん。いいよ。その為に吉森さん呼んだんだし。あの時はさ、もう本当に怖くなって誰にも相談出来ないし、冷静に判断出来る状況じゃなくて、実は飛び降りたのもあんまり覚えていないんだよね。」
「本当に衝動的だったんだ…。じゃあ尚更死ななくて良かったね。」
「そうだね。でもこの先あの学校には居たくないから、このまま黙って転校するつもりでいる。」
「そっか。そうだよね。」
「それで、信頼の出来そうな吉森さん呼んだの。」
「私?信頼できそう?何でそう思うの?」
「吉森さんって昔いじめられてたんでしょ。噂で聞いた。でもダメなものはダメって言うよね。人の悪口も言わないし。私も昔いじめられていたから、もうそうなりたくなくて嫌だと思っていても「いいよ」って言って、愛想笑いして生活していたらこんな状況になっちゃった。転校するって事は逃げる事みたいになるけど、次の学校では吉森さんみたいに何もしなくても人が寄ってくる様な人になりたいと思う。もう一度考えてやり直してみる。」
そう思ってくれている事が嬉しかった。
「必ずうまく行くよ。違う学校でも頑張って。」
「ありがとう。それで、今から本題に入るから。聞いて。」
野村さんのリングがブルーになった。絶対嫌な話だ…。
病院から出るとため息をついた。これで今日のため息は何回目だろう。お昼ご飯が野村さんとお菓子を食べただけだから微妙にお腹が空いているし、色々ありすぎて頭がクラクラしている。時計を見ると午後二時過ぎだった。何となく疲れてしまい、バイトに行くのが面倒になって来てしまった。今日、森田君がお店に来る予定じゃなかったら休みたかったな。どうしよう…森田君に連絡入れて休んでしまおうか。しばらく考えた末、申し訳ないけど、休む事にした。森田君はすぐにいいよと返信をくれ、バイト先にも連絡を入れて休める事になった。さあ後は大倉君だ。
「お見舞い終わったよ」とメールをすると
「お疲れ。どこで会う?」とすぐに返事がきた。
話を誰にも聞かれたくなかったので「午後三時に家に来て」と返事をした。病院から家までは十分ぐらいだったので大倉君が来るまでに少し寝よう。家に入り軽くシャワーを浴びて目覚ましをかけ布団に寝転がった。あっという間に眠りに落ちた。
「ピンポーン」
チャイムがなった。時計を見るとまだ二時半過ぎだ…大倉君が早く来たのだろうか?インターフォンの画面を見ると森田君だった。
「森田君。どうしたの?」
「疲れたからバイト休むって言っていたから、出掛けたついでにプリン買って来た。」
「ちょっと待ってね。着替えるから。」
「すぐ帰るからいいよ。そのままで。」
さすがに猫耳がついたフードのパジャマでは恥ずかしい。髪の毛もボサボサだったので一つに縛り、Tシャツとジーパンに着替え扉を開けた。
一瞬ドキッとした。出てきた吉森はお団子頭とラフな格好でものすごく可愛らしかった。
「えっとごめん寝てた。」
「あ、うん。寝てたけど大丈夫。」
「家の人は?」
「ああ、親は共働きだから夜まで帰ってこないんだ。だからゆっくり寝てた。」
「そっか。あっプリンあげる。この近くのパン屋さんで売ってるんだけど上手いんだよね。パン買いに来たついでにこれも買って来た。」
「ありがとう。なんかごめんね。今日疲れちゃって。せっかくご飯食べに来る予定だったのに。」
「いいよ。また今度で疲れたんだろ。警察と話とかしたから。」
「あ、うん」警察と言うよりかは野村さんとの方が疲れたんだけどね…。
「もし良かったら一緒に食べない?」
今から大倉君が来る。口止めされているし、森田君に野村さんの事を話す事は出来ない。
「ごめん。今日はまたこれから寝るから。今度バイト先に来る時はおごるよ。」
「あ、分かった。じゃあこれ食べて寝て。」
「ありがとう」せっかく持って来てくれたのに、一緒に食べないで帰らせるなんて申し訳なさすぎて心が痛んだ。森田君が私に好意を持っていてくれる事はカルにも言われていたし、鈍感な私でも何となく感じる。私が打ち解けない時に一生懸命話しかけてくれた人なのに、隠し事をするなんていけない事だ。内緒で会うなんて大倉君が私に恋愛感情がないとはいえ、森田君の立場だったら嫌だと思う。この話が終わったら、ちゃんと大倉君と友達だって事を話して隠し事をするのはやめよう。
「じゃあ俺行くわ。また明日学校で。」
「うん。明日ね。プリンありがとう。」
あれ?何で家を知ってるんだろう。私教えた事あったっけ?森田君が帰るとプリンの入っている箱を開いた。2つ入っている…一緒に食べようかと思ったんだろうな。今日五回目のため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます