第19話 美幸の恐怖

 野村美幸はベッドに座り込み、どうして良いのか分からず震えていた。打ち上げの場所に岡崎や他のメンバーが偶然を装って現れる予定だったのだが、打ち上げは拒否されてしまったので大倉君と接触できない、同じ係だったのに全然仲良くもなれなくて、岡崎成美の怒りをかっていた。大倉君のことはアイドル的に好きだっただけで、自分は遠くで騒いでいるだけで楽しかったのに、成美はどうしても近くに行きたいらしい。そもそも笑顔が近くで見たいと言われても、中々笑わない大倉君の姿をビデオなんかにおさめられるはずもなく、でも言われたからにはやらない訳にもいかない。どうにか成果を上げようと思い打ち上げを提案したが思っていた通り撃沈だった。自分でもそれもそうだなと思っていたが、岡崎成美達はそうは行かない。ファンなのは分かるが毎日のように待ち伏せしたり見張ったりしていて、そんな事をしたら警戒されるし嫌われる。それぐらいは誰でも分かる。この前も動画を取り損ねてしばらくの間、無視をされたり仲間に入れてもらえなくて嫌な思いをした。だから今度こそは失敗は許されなかったのに大倉君に嫌われてしまってどうにも出来なかった。このグループを抜ける事を考えたがそれはそれで怖い。前に抜けた子は、毎日の様に影で虐められ最終的には転校する事になってしまった。その子がトイレなどで水をかけられたりしている姿を見ていただけにこの状況は恐怖でしかない。


逃げようか…どこに…


 もしかしたら吉森さんに本当の事を話せば何か相談にのってくれるかも知れない。吉森さんは何となく信用出来そうな気がする。でももし無理って言われたら…大倉君に全部話されたら。でもどっちにしても明日になったら全部わかってしまう。大倉君ファンのグループラインに思い切って今回ダメだったという事を入れてみた。しばらくするとすごい勢いでメールの着信音が鳴り出した。怖かったが恐る恐る開いてみた。

「まじで!」「使えねー。」「何やってるの?」とずらずらと文章が流れる様に入ってくる。多分岡崎成美の事が怖くて仕方なく文句を言っている人もいるだろうけど、否定的な言葉ばかりで「しょうがないね」とか優しい文章は見当たらない。覚悟はしていたがショックだった。元から自分は役に立たないことが多くて、馬鹿にされていたので誰も庇ってもくれない。メールは段々とエスカレートしていき、最後に岡崎から「死ね。」という言葉が入った事でもう怖くなり、直ぐに携帯の電源を切り家を飛び出した。もう夜も遅くどこにも行くところが無く、とりあえず学校に行った。屋上のドアの鍵が壊れている事を知っていたので簡単に入り込めた。屋上から空を見上げる。泣きながら明日の事を考えた。岡崎とかに囲まれいじめられる自分を想像するのは簡単だった。どう考えても良い方にならない、もう明日から学校行くの嫌だな…こんな時に思い知らされる。私って助けてくれるような友達がいないんだな。明日学校に行かないと、母親に怒られるし、逃げてしまいたい、隠れてしまいたい。違う世界に行きたいなと考えていたら何と無く飛べる気がして来た。死にたくは無いが明日が怖い。最近すごく疲れていて楽になりたかった。


「怖くない。」


野村美幸は屋上から体を乗り出し違う世界へ思い切りジャンプをし、夜の闇に落ちていった。


 夜、美幸が部屋にいない事に気が付いた母親は携帯に連絡を入れたがつながらず、今までこんな事はなかったので、心配になり直ぐに警察と学校に連絡を入れた。学校の用務員が念のため見回りに行くと植え込みに倒れている美幸を発見した。直ぐに救急車を呼び運良く助かった。


 生徒達は学校へ登校したが、結局警察が来たためホームルームを終えると、一部の生徒を残し直ぐに下校となった。一部の生徒の中には野村美幸の仲の良い友達二人と、奏、冬夜、七瀬も入っていた。携帯の電源は切る様にと先生から言われた。七瀬はどうしようか迷ったが警察がどんな感情で喋るのか知りたかったので、指輪を体から外しそっと周りを見渡した。大倉君と森田君は見てはいけない気がしたので視線を外した。野村美幸の友達は…紫。青は比較的に気分が沈んでいる時に出る色だが紫は怯えているか、物凄く気分が落ちている時に出る色だ。まあ友達だから気分が落ちているのかと判断した。一人づつ警察官の人と話すらしい。一番最初に森田君が呼ばれた。荷物を持って出て行き、教室内は静まり返っていた。しばらくして帰ったはずの隣のクラスの岡崎成美が現れ「何しているの?」と野村美幸の友達、小西まりえと冨田加奈に声を掛けた。岡崎成美の声が聞こえて来たので、七瀬はそちらを視線を向けた。一瞬息が止まりそうになった…成美のリングの色が真っ黒だった。初めて見た黒いリングに驚きを隠せなかった。成美が視線に気が付きこちらを見てニコッと笑った。真っ黒なリングと相反した笑顔に背筋が寒くなり思わず目を逸らしてしまった。小西と冨田は成美に話しかけられた直後から濃い紫に変化した。この状況は二人が成美に対して怯えているとしか思えない。何の話をしているかどうかは小声で分からないが、野村美幸の件で関わっている事ぐらいは察しがつく。多分自殺未遂をしたのは岡崎成美のせいだ。岡崎成美はしばらくすると帰って行ったがその後二人のリングの色は濃い紫のまま変わらない。指輪を外すと人の感情も感じやすくなり、嫌な気分のものを感じると一緒に気持ち悪くなったりするので急いで指輪を身に着けた。

「おい、吉森。どうした?顔青いぞ?」

「そう。何でもないよ。お腹空いただけ。」

「食べるか?」と大倉君がチョコを差し出してくれた。

「ありがとう」と受け取りチョコを口に含んだが味が感じられなかった。落ち着かないと…一体何が起こっているのだろう。二人とも大倉君のファンだったはず…大倉君に関係するのだろうか?

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