第16話 ご機嫌な大倉君

 次の日に野村さんが早速話しかけてきた。

「打ち上げの話はどうだった?」

「悪いけど忙しいから行けないって。」

「えーそんなの困る。少しぐらい時間あるよね。毎日ずっと忙しい訳じゃないよね。」

「でもそう言われてしまったから。ごめんね力になれなくて。」

「えー困る。お願いもう一度言って見てくれない?。」

「そんなに行きたいのなら自分で誘いなよ。七瀬になんで頼むの?七瀬は別に打ち上げしたいなんて言ってないんだから。」

 横で話を聞いていたカルが言った。野村さんは黙り、そしてカルを睨み自分の席に戻った。

「悪かったかな。」

「あんなの断って大丈夫だよ。七瀬は人良すぎ!」

 野村さんが睨んだのが気になった。なんでそんなに執着するのか。そっと指輪を肌から離して野村さんを見た。野村さんの頭に青紫色のリングが見えた…なんとなく怒っているというよりは怯えている様に感じた。一体どうしたのだろう。


 七瀬は学校が終わるとそのままバイトに向かった。お店に岡崎さんがいない事を伝えると、午後七時過ぎに大倉君は現れた。今だに岡崎さんはたまに現れて大倉君を探したりしている。自分がバイトに入っていない時は連絡が出来ないのでたまに話しかけられて困っているらしい。外のテラス席がいいと言うのでそちらに案内した。

「いらっしゃいませ。なんでも好きなもの注文して。」

 すぐ決めるから待ってと言われたのでそのまま選ぶのを待っていた。

「恥ずかしいけど…。」

「何?」

「俺さドリア好きなんだよね。なんか女子みたいで恥ずかしくてさ。」

「もしかしてだから外の席にしたの?別に恥ずかしくないと思うけど」思わず笑ってしまった。

「笑った」と言って大倉君が笑った。

「なんで笑うの?」

「吉森あんま笑わないじゃん。レアだなって思ってさ。笑うと可愛いよ」と言いながらメニューを見てニコニコしている。

 顔が真っ赤になってしまった。この人は天然?こんな事を言う人?女子はこんなこと言われたら確実にノックアウト状態だね。

「何か暑いね。」

「別に暑くないけど。じゃあチーズたっぷりドリアとオレンジジュースで。」

「わかりました」注文を取り下がろうとすると

「吉森、一緒に食べれないかな。一人じゃ寂しいし。」

「店長に聞いてみるよ。今日お客さんも少ないし大丈夫かもしれないから」そう言ってカウンターの中に入った。顔が熱い…、自分で何を言っているのか分かってるのかな。それにしてもあんなに機嫌の良い大倉君は初めて見た。こっちが焦る。店長に聞いてみると人少ないし良いよと言ってくれた。そのままバイトを上がり席に向かった。ラフな白いTシャツとジーンズを着て携帯を見ているだけなのになんて絵になる人なんだろう。この人を基準で考えたら自分の感覚がおかしくなってしまう。

「お待たせしました。チーズたっぷりドリアです。あと私用のマルゲリータピザとコーヒー。店長がもう上がって良いって。」

「良かった。」

 テーブルに置くと前の席に座った。

「ここってさ。駅が目の前だけど植物が多いから少し隠れ家的でなんかゆったり出来るよね。」

「そうだね。私もそこが気に入ってバイトに応募したのもあるよ。バイトの人もみんな優しいんだよね。」

「吉森は何で調理場になったんだ?」

「自分から言ったんだ。元々人間不信で…まあ特に男の子なんだけどフロアーでお客さんと会話をするものちょっと苦手だったんだ。」

「だったって過去形っていう事は人間不信は治ったのか?」

「未だに触れたりするのは苦手だけど、大倉君と森田君のおかげでかなり大丈夫になったと思うよ。」

「俺たちのおかげ?なんもしてないけど。」

「森田君が毎日挨拶してくれたり、大倉君が普通に話しかけてくれたおかげ。大倉君が嫌な人に話しかけられてもジッと我慢してるのとか見ていたら偉いなって思ってさ。自分も逃げてばっかりじゃダメだなって。」

「別に全部相手にしてたら疲れるからだけなんだけどな。」

「それでも凄いよ。知らない人に毎日あんなに見らたり、話しかけられたりしたら辛いよね。本当にイケメンの人は大変なんだと分かったよ。」

「吉森は俺の事イケメンだと思うわけ?」

「そりゃそうだよ。逆に違うっていう人の方が少ないと思うよ。大倉君は学校ではムスッとしてるけど普段はそうじゃなから話しやすいし。」

「ふーん。」

「何?そのふーんは?」

「別に。冷めるから食べようぜ。」

 帰りは大倉君が送ってくれた。家までの結構な距離を歩いて帰りたいと言うので足がパンパンになってしまった。大倉君は背が大きいのに歩く速度は遅くてびっくりした。

「歩くの遅いんだね」と言うと

「吉森って…まあいいや」と訳の分からない返事が返ってきたりして、なんとなくの会話が楽しかった。その夜は大倉君の笑顔が頭から離れなくて眠りにつくのが遅くなってしまった。


次の日の朝、学校からの一斉メールでいきなり休校の知らせが届いた。まだ家を出る前の時間だったので驚いた。どうしたんだろう?

その直後にカルからメールが届いた。


「ねえ学校から休校のメール来たでしょ。誰か校舎から飛び降りたらしいよ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る