第10話 バイトの帰り

 七瀬は念願のバイトも始めた、部活は交代制で週三日なので取り敢えず週二はバイトに入れる。大分人馴れしてきたのだが、まだ不安があったのでコーヒーショップの調理場のバイトに応募した。料理は趣味でやっていたので包丁とかは一応普通に使える。調理場なら話すのはお客さんではなく、バイトの人達だけで人数が限られているので多分大丈夫だろう。ここのバイトは男の子よりも女の子の方が多い。家から自転車で十五分だし近くていい。考えて見たらこの駅って大倉くんが住んでる駅だけど、こんなところに一人で来るようなタイプじゃなさそうだし、まあ会うこともないだろうな。飲み物系はフロアーの人が作るのでどちらかと言えばフロアーの方が忙しそうだ。たまにフロアーも手伝うが、作る専門にさせてもらった。


 夕方からバイトに入り調理場でピザの仕込みをしていた。「大倉君通るかな」と大きな会話が聞こえてきたので、フロアーを見ると見覚えのある顔が見えた。あの子だ、確か岡崎成美…大倉君にしつこく迫っていた子だ。家がこの辺なのだろうか?どっちにしてもここで働いていることは知られたくない。意外にオープンな調理場なので、隙間からフロアーからもこちらが見えるのでなるべく見えない位置に立ちで料理を作った。まあ調理場にいる分にはマスクもしているので気がつくことはないだろう。夕方から少し忙しかったので岡崎成美の事はすっかり忘れていたが、午後八時になりオーダーが少し減ったので、客席を覗くとまだ飲み物だけで、外を見ながら話をしている岡崎さんが見えた。もしかして大倉君をずっと待っている?大分前から座っていて、かれこれ三時間ぐらい経つだろうか、待っているとしたら本当に好きなんだな、でも大倉君からしたら迷惑だろうな。これからも度々来られるといずれバイトをしている事がバレてしまうかもしれない。見つからないように帰らないと、あとで大倉君目当てでここで働いているとか勘違いをされたら面倒だ。午後八時半を過ぎた頃、急に岡崎さんは立ち上がり友達を残し、走って出て行ってしまった。もしかして大倉君が通りかかったのかな。少し迷惑そうにしてた感じがしたけど大丈夫かな。連絡先知らないし、教えてあげられないもんな…でも大きなお世話か…。五分もせずに岡崎さんが戻ってきた。何か怒っているような感じに見えた。また大倉君に冷たくされたのかもしれない。でもあの子ならまたチャレンジするんだろうな…凄いメンタル。運動部に入った方がいいかも。何となく自分よりあの子の方がマネージャーに向いているのではないかと感じた。


 バイトが午後九時に終わり、家に向かって自転車をこぎ近くのコンビニの所でマスクとメガネの背の高い人が外で立ち食いをしていた。

 あれ?なんか大倉君に似てる…自転車で近づいていくと逆の方向に歩き出そうとしたので

「大倉君?」と声をかけた。

 後ろを振り向き

「何だよ。吉森かよ。変なやつかと思った。」

「何してるの?」

「そっちこそ何してんだよ。こんな時間に。」

「あ、私、バイトであそこのコーヒーショップで働いてるんだ。さっき終わって今から帰る所。」

「バイトしてんのか。俺はさっき変な女に話しかけられて、家について来られたら嫌だからコンビニで時間つぶしてた。」

「もしかして変な女って…ボールにぶつかりそうになった岡崎さん?」

「え、なんでわかるんだよ?」

「さっきバイト先でずっと外見てて、八時半ごろ外に飛び出して行って直ぐに戻って来たから。」

「何だよ。あそこで見られてたのか。ふざけんなよ。本当しつけえよ。あいついくら拒否しても現れるんだよ。もうこうなるとストーカーだよ。」

「まあ本当にタフだよね。でも大丈夫だよ。あの後カラオケ行こうって話してたから、外にはいないと思うよ。」

「良かった…もう本当に迷惑だよ。やっと帰れる。」

「良かったね。早く行った方がいいよ。お疲れ様。じゃあ明日」自転車を漕ぎ出そうとしたところで自転車を掴まれた。

「うわ!な、何?」

「吉森、携帯持ってんだろ。携帯出して。」

「え、何で?」手を出しているので携帯を取り出すと渡した。

「あの女が店に来たら教えてくれ。そしたらあの前を通らないように帰るから」そう言うと自分の番号を打ち込んで携帯を鳴らした。

「登録しといて。」

「あ、うん。」

「じゃあな。気をつけて帰れよ。」

 そう言って大倉くんは走って行った。

「あ、ありがとう。」

 家に着くと携帯の数少ない電話帳に番号を登録した。名前…この番号は部活を見に来ている女の子達が喉から手が出るほど欲しい番号だろう。大倉君って登録して落としたら大変なことになる…名前で入れない方がいいよね。色々と悩んだ挙句『メガネマスク』と登録した。なんかお笑いの覆面レスラーみたい?ちょっとおかしくなって来て笑ってしまった。その時メールの着信音がなった。今登録したばかりのメガネマスク…大倉君だ。

「家、着いたか。お疲れ。明日な。」

 とりあえずどう返していいかわからなかったがとりあえず

「無事に着きました。お疲れ様でした」とメールをした。数少ない友達の中にまさか男の子の名前が入るなんて想像もつかなかった。

「何だこのメール。女子高生のメールじゃないよな。それも間違えてお疲れ様ですたになってるし。」

 大倉は絵文字も何もないあっさりとしたメールを見て笑っていた。

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