129.6話 水と極夜人


 網がドロースを包み込もうとし、弾ける。



「残念ね。そんなおもちゃ、効かないわよ」


「どういうことさね?」



「ふふっ、教えてあげないわ」



 そう嗤いながら地面に落ちたお札を拾い、ビリビリと破る。



「念の為ね」


「これは、困ったさね……」



 万事休すといった風に肩をすくめるが、その時、



「とおっ!」

「でやんす!」



 元気な二人組が階段から下りてきた。




「こいつが通せんぼしてるみたいね。私は加勢するから、その子よろしく」


「任せてくださいでやんす!」



 快復したリューゲが、タラッタを抱え、広場を回り込んで奥の扉に向かう。



「させる訳ないでしょう?」



 ドロースが攻撃を仕掛けようとそちらを向く。



「血の杭よ、〖ブラッドパイル〗、血の雨よ、〖ブラッドレイン〗」

「女神ヘカテーよ、広がれ〖アイシクルドーム〗」



「ちっ」



 シロの血魔法による攻撃と、フニトユチの氷魔術による妨害で、水のリソースを防御に回す。




「行かせないわ!」


「【活性化】、ていっ!」

「【鏡面世界】」



 追いかけようとするドロースを邪魔するように、シロは【血液操作】で先程散らばした血を操り、槍のようにして攻撃。

 フニトユチのスキルで、氷のドームは全面反射の合わせ鏡のような空間となり、方向感覚と視覚情報を錯乱させる。



「私がここに居る限り、ミジンコ一匹通さないわ!」

「頼もしいさねー」


「全く、うじゃうじゃと……死ね」





 ドロースが腕を振り下ろす。



 天井が崩れる。水だ。尋常ではない量の水、否、海水が国中に巡らせた川から集い、屋敷の屋根をぶち抜く。



「うわー、ゴリ押しじゃん」

「これだから神能持ちは嫌さね」


「そのまま押し潰されなさい!」



 海水が氷鏡のドームを砕き、押し潰さんと迫る。




「女神ヘカテーよ、万物を凍てつかせよ〖コキュートス〗」



 そう唱えると迫っていた海水は凍り、その冷気が伝って川までもが凍る。



「すっご……」


「ふふふっ、いつまで持つかしら?」


「フェッフェッ、魔力には自信があるさね」



「違うわよ?」


「コホッ」



 フニトユチが吐血する。



「ちょっと、大丈夫!?」


「大丈夫さね。……そっちこそさね」


「え?」



 口の端から血が垂れている。口を切ったのではなく、フニトユチと原因は同じだ。



「レベルも、体力も、尽きないと良いわね?」



「あんまり長期戦は出来なさそうね」

「まずはあの少年を待ってからでいいさね」



 杖、大鎌を構える。対面するのはどこからか水を出して、身に纏うドロース。



「少年って歳じゃないでしょ」

「二十やそこらなんて少年さね」



 軽口を叩きつつも、警戒は一切解いていない。






 ◇ ◇ ◇ ◇





「そっち、です」

「了解でやんす!」



 リューゲは分かれ道をタラッタの指示で躊躇ちゅうちょなく進んでいる。



「すごい音、でした」


「そうでやんすね。でもここにまで影響が無いのはよっぽど触らせたくないものがあるんでやんす」


「ほえー。あっ、そっち、です」


「助かるでやんす!」



 地下には水系統のものが一切無く、リューゲの足音が不気味に響くだけである。



「これでやんすか?」


「そう、です!」



 黒くて大きな扉。装飾は無く、実用重視のものだと直ぐに分かる代物だ。



「開けるでやんすよ」

「は、はい!」



 ギシギシときしむような音を立てながら扉を開く。



「水?」



 光を完全に通していない、深海のような状態の部屋を外から眺める。扉のあったところから水は動かず、謎の力で固定されているようだ。



「溢れ出したりはしないでやんすか。つまり――」



 水の中から一本の触手が飛び出す。


「うわっ!?」

「キャッ!?」



 触手は近くに居たタラッタを掴み、水中に引き込む。


「まっずい!」


「【ベンボベベンベ縁寄せ変化】!!」



〈イカさんが居る、です!〉


「そういえばそんなことできてやしたね」



 道中タラッタの大海蛇シーサーペントの姿に乗って来たのを思い出して、無謀に入るのは踏みとどまった。


「幸い、光が全く無いのは良いでやんすね。【暗黒之住民】」



 入水して、スキルを発動すると、姿が見えなくなる。



〈あれ!?〉



「感知系も持ってるでやんすか? ちゃんと居るでやんす。スキルで色々消しているだけでやんす」


〈すご、です。【海龍の咆哮】!〉


「【暗撃】でやんす!」



 姿は見えないが、感知系でイカを捉え、タラッタが衝撃波を吹き、リューゲが不可視の連撃を食らわせる。



「ぎごげぇ!」


「【手刀二刀流】、【クロススラッシュ】」


 イカが触手をがむしゃらに振り回すのを察し、即座に切り落としていく。



「今でやんす!」


〈魔王さん直伝、すーぱーくらっしゅ!〉



 タラッタがイカにただの突進を仕掛ける。水中というホームのような感じなのか、速度は言わずもがな。



〈てゃー!〉


「えぇ……」


 イカの胴体を貫いた。


「何でやんすか? 今の」


〈魔王さんが、代々伝わる秘伝の技を教えてくれた、です〉


「ま、まあ、いいや。とりあえずこの水中通路の出口が下に蓋みたいになってるでやんすから、行くでやんすよ」



 若干RPが崩れながらも、次の行動を着々と示すリューゲに、タラッタは美味しそうに浮かんでいるイカから目を離す。



「行くでやんすよ」


〈はい……〉



 タラッタの物欲しそうな目を無視しながら蓋を開ける。




「そいっ」


〈解除〉「ていっ」



 下についていた出口から出ると、急にゴツゴツと岩が剥き出しになった洞窟のような場所が広がっていた。



「あの、人間じゃない、です?」


「あっ、忘れてたでやんす。ふんっ」



 未だに深海のような黒い体だったのが、スっと元の色に戻る。



「一応、あっしは極夜人きょくやびとという魔族でやんす」


「きょくや?」


「それより、これ、どうするでやんす?」



 閑話休題とばかりに、目の前の大きな黒い沼を指す。



「触ってみる、です」


「流石に危険で――」



 制止を無視して沼に指を突っ込む。


 沼から青い蒼い光が溢れ、沼が消え去る。




〈…………外、か〉



 光の中から現れたのは海パンを履いた、半裸のおじいさん。頭には小さな王冠も乗っている。

 髭は英国紳士のようなキリッとした第一印象を与える。




「????」

「おじいさん、誰、です?」



〈儂は海神ポセイドンだ〉



 海神を名乗る老人は手の平に小さな水球を出し、上に向かって放つ。

 青々とした空が見える。地下から全ての天井をぶち抜いた様子。



「「!?」」


 あまりの唐突さに絶句している。



〈どうか、救ってくれ〉



「え?」「?」



〈誓約で儂は何もできない。ここで待っていよう〉




 そう念話で言って座り込むポセイドン。二人は展開に追いつけず、口を大きく開けている。


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