129話 逃避と贈り物

 


 起床。顔洗って適当に冷蔵庫にあったヨーグルトを食べる。


「ごちそうさま」


 まだ朝だし散歩でもしようかな。昨晩は何も見えない状態で歩いて暇だったし、見える歩きをしたい。



「あ」


「っ!」



 姉さんと遭遇したが、まだ怒ってるようで再び部屋に戻っていった。


 俺から謝る気は毛頭ない。向こうが勝手に怒ってるだけなんだから。



 外に出て、朝の新鮮な空気を吸う。



「はあ」



 吐く息はため息になってしまった。ギスギスしていて顔を合わせる時のことを考えると、気が重いからなー。




 目的もなく、思うままに歩く。




「懐かしいな」



 昔よく来た公園。病院の近くだからそこそこの距離歩いたんだなー。ボーッとしてると時間はあっという間だ。


 こうして見ると、うちの近所の公園より若干広いな。


 ブランコでも漕いでのんびりするかねー。




 ギコギコときしむような雑音すらも鳥の鳴き声との協奏のようで、安らかな気分にさせてくれる。


 ただ、雲がかかっていなければもっと良かったのに。


 空を仰いで無になって漕ぐブランコは楽しいなー。





「おはようございます。そしてお久しぶりです」


「ぅえ!?」



 よっぽど精神的に限界だったのか、周りの音を聞いておらず、心臓が止まるかと思った。



「あ、どうも」



 横を見ると、車椅子に乗った椙江すぎえ みどりさんと、車椅子を押している女性がいた。


 セミロングの茶色の混ざった黒髪は透き通るようで、同い年とは思えないほどの色気を出している。



「お母さん、少し外してくれませんか?」


「ええ。分かったわ」



 そう言って翠さんだけが残る。



「奇遇だね。今日はどこに?」


「リハビリに病院へ行く途中です」



 そうか。



「俺と話してていいの?」


「大丈夫です。少し早く来すぎてしまいましたから」



 本当なのか、気を使ってるのかは分からないが、相変わらず丁寧な人だな。



「何か悩み事ですか? よろしければ聞きますが……」


「あー、気にしなくていいよ」


「昔は私が相談していたので、お返しですよ」



 そう言われると断りづらいのは日本人のさがだろうか。



「実はちょっとした姉弟きょうだい喧嘩をしちゃってねー」


「凛さんとですか……。珍しいですね」


「だね」



 こんな長引く喧嘩なんてしたこと無いからな。翠さんも、前の俺たちの仲の良さから意外に思ったんだろう。


「例のゲーム関連ですか?」


「うーん、当たらずとも遠からずかな」


「そうですか……」



 直接内容を聞いてこない当たり、人の良さがうかがえる。


 ん?


「そういえば、何で俺と姉さんがAWOやってることを知ってんの?」


「え?」


「え?」



 むしろ何故知らないのかと言わんばかりの目線でこちらを見てきた。


「えーと、貴方たちのお父さんから伺いました」



 うわぉ。息子には言ってないのに、娘と知り合いには言ってたのかよ。


「そっかー」


 何にせよ、これで疑問は晴れたな。



「…………決めました」


「?」


 翠さんが首にかかった金色の馬蹄ホースシューのペンダントを取り外す。



「どうぞ」


「え、どういうこと?」


「これはれいさんからの頂き物ですから」



 黒川 零、母さんの名前だ。



「流石に受け取れないよ?」



 たとえ母さんがあげた物でも、別に俺の物ではないんだから。



「お気になさらず。元々貴方にあげるはずだった物を頂いたので」


「俺に渡すはずだった?」


「そうです。お守りとして渡す予定だったようですが、落ち込んでいた私に渡したみたいです。私にとっても、それが最後の会話になりましたが……」



「そっか……受け取るよ。ありがとう」


「いえ、大事にしてあげてください」



 ペンダントを受け取って首にかける。



「よくお似合いです」


「店員かな?」


「ふふっ」



 いい笑顔だ。輝いて見える。




こうさん」


「ん?」


「大事なのは愛です。愛は言葉でなくとも、行動で示せます。それに、貴方は誰よりも知っているはずです。――失ってからでは遅いということを」



「そ、れは……」



「やることなんて、単純ですよ」


「ありがとう」


「いえ。お元気で」


「そっちもね」



 走る。ただ帰るべき場所に向かって走る。



 何故あんな目にあって、大切なことを見失ってしまうのか。二度と後悔なんてしたくない。



「ただいま!」


 家に入る。リビングには居ないので、姉さんは部屋に居るようだ。ドアを開け、飛び込むように入る。



「姉さん!」


「な、何?」



 抱きしめる。精一杯の愛情をもって抱きしめる。



「え、え?」


「ごめん。ガキみたいにわめいて、八つ当たりして、わがままばっかで、守ると決めた姉さんを傷つけて、ごめん」


「光くん……私もごめんね」



 抱きしめ返される。確かな温もりがそこにはあった。



 今日は姉さんと過ごそう。ゲームより姉さんの方が大切なんだから。


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