123話 「喪失の過去」



 日の光が病室の白をより鮮明に照らしている。ベッドには笑顔で語りかけている女性。母さんだ。



「わかった。約束!」


「よろしい! 凛もいい?」


「大丈夫だよ!」



 中学校の制服を身につけた元気な少女、姉さんは小さな俺と手を繋いでいる。温かな日常のワンシーン。




 まさか――




 突然、壊れたテレビのように視界が揺らぐ。途切れ途切れ、様々な記憶が映り込む。




「お姉ちゃん、今日はこの花にしよー!」

「こっちのほうがいいよ!」

「え〜」

「ハーバリウムにする時に大変じゃない!」




 やめろ




こう、お前、今日の授業参観も親来ねーんだろ? 」

「……っるせぇ」


「光くーーん! お姉ちゃんが来たぞーー!!」

「な、んで……?」

「んー? お母さんとお父さんの分まで任されたの!」




 助走をつけるな




「中学生になった記念に、光に問題です!」

「ん?」

「この花の花言葉は何でしょう!」

「いや、知らないよ」

「ちなみにこれはエゾギクっていう花よ?」

「知らないって」

「ヒント、これはピンクではなく赤」

「正解は?」

「内緒☆」

「えぇ……」




 もう、やめてくれ




 視界がハッキリする。病院の待合室、入ってきた男に俺が詰め寄っている光景だ。



「今更、何なんだよ! クソ野郎がっ!」


「すまん……」


「ちょっと光くん!」


「だってそうだろ。いつもいつも! 母さんを支えずに何が父親だよ! 」


「それは……そうだな」


「今更どの面下げて来てるって言ってるんだよ! 帰れよ!」


「光くん!」


「分かった。一旦帰るが、帰ったらちゃんと話を聞いてくれないか?」


「さっさと出てけよっ!」



 渋々といった感じで出ていく父親の後ろ姿を尻目に、姉さんと顔を合わせないようにそっぽを向いている。外では滝のような雨が降っている。




 …………クソが




 まばたきをする、目を開ける。場面が切り替わり、病室にいる。ベッドの上で泣き続ける母さん、必死に涙を堪えようとしている姉さん。ベッドの下には母さんが愛用している紅葉の栞が落ちている。俺はそれをただ茫然と眺めている。



「僕のせい……だ」



 病室から走って抜け出す。走り走り、足が絡まり、転んだ。



「僕が、ボクが、僕が、ぼくが、ボク、僕ボクぼく僕が――――」




 殺した




「ちがうちがうちがう! 僕は、ただ……」



 転んだまま、誰に対してか弁明を続ける。



 母さんの大切な人を奪った。直接ではないが、あの時追い出さずに話し合えていたら歯車が狂うことは無かった。





 視界が切り替わる。お墓だ。夫婦の共同の墓石の前にいる。あの時と同じように雨が降っているが、傘をささずに座り込み、花を添え、紅葉の栞をも添える。


 誰の花かは分からないが、紫色の綺麗な花が供えられている。


 愛する人の死は大きかったのか、母さんも後を追うように病状が悪化し、そのまま眠った。




「僕のせいで全部壊れた……」


「僕がもっと家族を大切にしていたら……」


「いつも会えるわけじゃなかったのに、居なくなると本当に辛いな……」


「僕は、……俺はもう二度と間違えない。家族だけは守るよ、母さん」




 そう言って立ち上がる。



 視界がブレる。




 だが、終わらない。これだけじゃない、そんな予感がする。




 心に巣食っているもやが晴れることは決して無い――



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